ざっくり調べた感じだと、どうも発端はここらしい。
シリコンバレーに戻ってきた日本の企業たち:日経ビジネスオンライン
一方、もう一つ最近の傾向として私がパネルで挙げたのが、非IT企業の活躍だ。 数年前に当地にペットボトルの緑茶を持ち込んだ伊藤園では、ソフトウェア・エンジニアの集まりで無料配布するなどの営業努力を行い、現地企業のカフェテリアやスシのテイクアウト店などに置かれるようになっている(余談ながら、あの「おーいお茶」という男尊女卑的な響きのある商品名は何とかならないのか、と思うのだが…)。
んでここからあちこちで「これは言いがかりだ」とか「いや当初のCMは男性がお茶を求めてそういってたからネーミングの由来は間違ってない」とか色んな意見が飛び交うここ数日のTLを眺めておりました。
この流れの中でおそらくは若い世代だろうと思われる人たちが総じて「あれはお茶に「お~い」って呼びかけてるのかと思ってた」とか男尊女卑とは遠くかけ離れた受け止め方をしていることが垣間見えて、あぁ時代はいいほうに行ってるのだよね、と思ったりしました。
九州の片田舎で育った私にとっては、男性が女性にお茶を煎れさせる、という光景は日常でした。じゃあ私にとって「お~い、お茶」とのんびり呼びかけることがリアルだったか、といえば実はそうではありません。
怒ってるんですよ、その時点で。
自分より目下の誰かがお茶(を含む自分が今欲しているもの)を先回りして用意してくれているのが当たり前な環境で生きている人が現実にいるわけですね。彼らにとっては、自分がお茶を欲したときにそこにそれがさっと出てくるのが当たり前なのです。
高級なお店で言葉を発しなくてもスムーズに接客してもらえることを経験したことがある方なら分かるかなと思います。
カトラリーを落としたらサッと取り替えてくれるとか、お姉ちゃんのいるお店でタバコにスッとライターが出てくるとか、そういう感じ。
それが当たり前の環境で暮らしている人にとって、今ココ、にお茶が無い時点でもう想定外なんですね。
だから、のんびり「お~い、お茶」じゃないんですよ。
「おい!」「おい!」「いないのか!」「お茶!」だったりします。
怒鳴り散らしながらね。
あぁ、お客さんが来てたりするときはちょっと言い方が柔らかくなってたりもするかもなぁ。
今さらながらすごい横暴で支配的な人たちだったなぁと、思います。
余談ですが「花子とアン」の伝助なんてもろその世代だと思うのだけどその辺の横暴さはあんまり描かれていなくて、だからなんかカッコいい男前に見えてるんだろうなぁ、現実はもっと女に滅茶苦茶言ったりやったりしてたはずなのになぁとちょっともやもやしたりもしてます。
そういう暮らし方をしてる人たちは私の周りでは確実に絶滅に近づいていて、もう同年代ではまずいません。父世代くらいまでなのかなぁ。
彼らは差別してやろうと意識なんかしてないんですね。生まれついてこの方、お茶を入れるのも食事を作るのも掃除も洗濯も初めから母親や妻や使用人がやること、と思い込んで生きてきてる。
彼らの中では「差別」ではなくて「分業」でしかなかったのかなと眺めていて思います。悪いことをしている意識は全く感じないんですね。自分は自分の役割を果たしているからそっちはそちら側の仕事でしょ、という感じ。
でもそれは差別ですよ、不当な扱いですよ、間違っていたんですよ、というのが現代に至るまでにじわりじわりと浸透していった結果が、今なのかなと思っています。
そんな親世代に育てられたはずの私と同世代の男性たちは九州男児と言われていても家事も育児もそれなりにやる方の割合が少しずつですが増えているなと感じます。
私や夫と同世代のパパさんたちで、奥さんに「お茶」と言えば出てくるような暮らしをしている人は周りには多分いません。うちの夫も結婚当初料理をしている私に「お茶」と言ったこともあって「お茶?お茶がどうしたの?」とあしらってたなぁ。今ではお茶のストックが足りなくなったら自分で用意するまでに。
そんな家庭で育つ息子たちは自分のお茶を水筒に入れることも自然にやります。
当たり前に横行していた差別意識が、じわじわと変わっていっているのを感じます。
そんな環境の変化を察しているのか、私が小さい頃はバリバリの亭主関白風を吹かせていた私の父も、最近は母に言わずに自分でお茶を煎れていたり。
「おーいお茶」がその名称を変えるべきなのかどうか、私には良く分かりません。
が、一連の流れを見ていて見えてきたのは、確実に男尊女卑ととらえる人は減っているのだということ、お茶は女性が煎れるものだと当然のように思っている人は絶滅に近づいているのだということ。
変わっているよ、確実に。
それが、1つの商品名をたくさんの人が検証することで見えてきたんだなぁと、興味深く眺めたりしたのでした。
補足(2014.08.07 17:00)
ブコメの中に男性差別でしょというのがあったのだけど、上に書いたような祖父世代の頃は男性が台所に入ることはまず無かったし、もし入ってるのを女側が咎めるようなことがあれば「俺に何を言う」ってその場でぶん殴られてるような、そんな感じでしたよ。
少しずつでも体面だけでも変わってくれて本当に良かったなぁと思うのです、そんなの見てきたから。