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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

アホ男子いろいろ

アホ男子母死亡かるたのこと


今日のフジテレビ「とくダネ」で、アホ男子母死亡かるたがチラリと取り扱われました。

これ、フォロワーさんはご存知だと思いますが私のとこにも最初に取材依頼が来たんですね。とくダネのアカウントからメンションが来て、連絡が取りたいと。

んで、DMで電話番号が送られてきたので調べたらどうやら本物らしいわよ奥さん、ということで電話してみました、私。履歴見たら8月30日でした。

 

そこで、9月10日の放送予定であること、Twitterの私のツイートを使って良いかということ、出来ればロケ取材に応じるか、だれか紹介してくれませんか、ということをお話したんですね。

 

ロケは家の中の子供の様子を見たいということだったので、それだったらうちの子の年齢だとちょっと微妙かなぁと。多分、自宅の様子をカメラで追って面白いのって

入学まえくらいの子じゃないかということを伝えました。

ただ、私はあのかるたの中で小学生男子に焦点をおいてネタを作ったんですよ、ということ。小学生を追うなら、自宅よりは公園とか集団で集まってるところの方が多分面白いですよ、ってことも。

 

そうなのです。

アホ男子母死亡かるたがこんなにはやるとは私も思ってなくてびっくりなのだけど、私は実はあのかるたを最初に作った時に幼児を想定してなかったんです。

 

今回のテレビでもよくわかったんですが、幼児って基本的に面白いんですよ。

男の子の大半はアホなことを喜ぶし、女の子も調子に乗ればそれなりに同じような行動をとったりする。保育園のロケのシーンでもそうだったけど、幼児なら女の子でも屈託なく棒を振り回すし、虫が平気な子はダンゴムシをポケットに入れるんです、うちの娘みたいに。

でもそこに、母のため息はあっても、舞台の真ん中でスポットライトを当てられてしなだれて嘆くような哀愁はないんですよ。

 

じゃあ、哀愁はどこにあるの?

はい、それは「なんでうちの子は…」というのが顕著になる時期、ランドセル期です。※スズコ注:ランドセルを用意し始め、背負い、使わなくなるまでの期間

 

うちのアホ息子たちの周りをよく見ていると、それまでどこでもここでもアホであった子たちが次第に場面の使い分けが上手になっていきます。大人の求めるものを感じて理知的に動けるようになるんですね。その最も分かりやすい転機が、小学校入学です。

 

それまでみんなで楽しくお遊びをしていた園児時代を経て、教室という箱にぎゅうぎゅうと押し込められたとき、女の子と一部の男の子はお利口のカワを上手にかぶることができる。

出来なかった一部の男の子達のお母さんたちが、舞台の真ん中で嘆くことになるのです。「あの子もあの子もできるのに、なんでうちの子は…」とハンカチを噛みながら。

テレビの中でも言ってた、ピークは6歳っていうのもそれなんだろうなと私は思うです。そのあたりで、使い分けられる子とそうでない子の差が出てくるんだろうなと。

 

その「なんでうちの子は…」っていうやさぐれた状態でみんなでかるたでネタにして「あぁ!うちだけじゃなかった!」ていう発見と共感、が広がった背景にあるのかな~と思っていたりします。

 

実際、書籍化された男子ものでも、アホ男子の生態そのものを書いた本よりもアホ男子の母親目線のモノの方がよく売れているんだそうで。

孤立しがちな育児期、悩みがちな小学校入学期に「うちだけじゃなかった!」っていうのはある意味救いにもなるのかもしれないなぁ。昔の私がそうだったみたいに。

 

まとめられたアホ男子母死亡かるたの中には、幼児のお母さんの気持ちが現れたものも多いし、生態そのものを描いていたりと母の目線ではないものもたくさんあります。

これはどの目線なのかな~と思いながら見るのもまた、楽しいのかなと思ったりしております。お暇なときにぜひ、そんな気分で見てみてくらさいな。

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