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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

「育児」って結局なんなんだろう。


またIRORIOのステキな記事が。

保育園で過ごす時間が長い子どもほど問題行動を起こしがち:英大学調査 - IRORIO(イロリオ)

この方前も似たような、炎上覚悟なの?って記事を書いてた記憶があるのでそういう方なんだろうなとは思うのですが。

 

こういう「保育園で過ごす時間が長いと~~しがち」「保育園児は~~なりがち」という話はネット上に本当に頻繁に出てきます。どこだかの研究結果で、というのもあれば、自称保育士さんの経験からくるという話もあれば、幼稚園母が公園等で見た様子から判断したものも。

 

これに呼応するように保育園に子供を預ける親からの「でも保育園に行ってる子のほうが人見知りがなくて…」とか「おむつはずれが早くて」とか「近所の公園で会う幼稚園児母の塊が…」そんな反撃もまた出てくる。

 

不毛だなぁ。

 

「こどもを保育園に預けるなんて育児放棄だ」という現状を知らないにも程がある妄想にとりつかれた人たちが一定数いて、その攻撃の餌食となるのが保育園に預けることにたいして若干の罪悪感を覚えている母親たちなんだろうなと思うのですね。

 

でもそのどっちもが、次元が全然違うところで勝手に攻撃したり勝手に傷ついたりしてるように私には見えるんです。どっちもが、そこにいる子供そのものを見てないから。

 

保育園児の傾向、保育時間が一定時間を超える子たちの傾向、母親と二人きりでいる時間が一定時間を超える子の傾向、幼稚園児の傾向、母乳育児の子の傾向、ミルクで育てられた子の傾向、両親がいない子の傾向、祖父母に育てられた子の傾向、施設に預けられた子の傾向、父親が不在がちな家庭の子の傾向、等々。

 

子供を何かのグループでくくってその傾向を調査すればそれなりの結論が見いだせるかもしれない。その調査結果に何かのメリットがあることもある、それで問題を解決できたり回避出来たりするかもしれない。でもそれを有効活用するのは、外野ではなくそのグループにいる子とその保護者や関係者なんじゃないかなぁと。

 

その輪にどんな傾向があろうと、大事なのはそこにいるその子ひとりひとりで、そのひとりひとりの子が、その子が置かれたその環境の中で誰かに愛されて育てられていたらそれでいいと私は思う。

 

あんな記事を読んで何が悲しいって、個人的に凹んじゃうのもだけどそれを攻撃に利用する人がいるんだよね。

「あなたが働いて保育園に預けているからあの子が…」って周りから言われちゃったりする。

でも胸を張るしかないんだと思う。

どんな環境でも、どんな時間を過ごしていても、今この環境の中でこどもたちが愛されてればそれでいいんじゃないかなぁ。

 

お母さんって、いつも自分を試される存在なんだなぁとこどもを産んでからよく思います。それは誰かに評価されるとかそういうことではなくて、こどもたちに対するいろんなことについて「これでいいのかなぁ」といつも自問自答し続ける感じ。

その答えはどれもすぐ出るものではなくて、だからこそいつもいつも、ずっと不安。

ミルクで育てたことが、保育園に預けたことが、祖母に預けて働いたことが、2年保育だったことが、私立小学校にいれたことが、ここに引っ越したことが…ずっと問い続けて、そしてたぶん死ぬまでその答えには出会えない。

 

うん、出会えない。

どうせ出会えないんだから、そこに固執しなくてもいいんじゃないかなぁ。

 

今、私は出来ることを精一杯やってる。

今、こどもは目の前で笑ってる。

今、こどもを愛してる。

 

保護者がそう思っていたら、こどもたちは自分たちでどんどん栄養を吸い込んで大きくなっていくのかもしれないなぁ、と、不甲斐ない両親のもとでもそれなりに育って行く4人のこどもたちを眺めながら思うのです。

出来のいいのもいれば、しょっちゅう担任から連絡が来る子もいます。その出来る出来ないの違いがどこで生じているのか、私にはわかりません。科学的に考察すれば、夫や私の遺伝か、過去の何らかの要因かが見つかるかもしれません。

でも、わかったからってどうしようもない。そんなこと気にしても前には進めない。

 

だったら、もう気にしないで今を大事にすればいいんじゃないかなぁ。

 

保育園をdisる発言が出ると決まって出てくるのが「私は保育園児だったけど幸せだった」という声。両親が不在がちでおばあちゃんっ子だったけど両親も大好きで幸せだった、という知人もいます。

どんな環境なのかがその子を幸せにするかどうかを決めるんじゃない、ってことなんだと思う。どんなふうに愛されたか、なんじゃないかなぁ。

 

もちろんその愛する余裕を持つためには、悩みや問題を一人で抱え込まないで時に助けを求めたりすることも必要でそれはそれで人によっては敷居が高かったり難しかったりすることなのだけど(書くと長くなるからそれはまた今度)。

 

周りから何を言われても、どんなアホな記事を見つけても、一時的に問題行動を起こす時期があっても、今目の前にいるその子をひとりの人間としてちゃんと愛してたら、愛する努力をしていたら、それが「育児」なんじゃないかなぁ。

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