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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

「教育力」ってなんやねん。

PTAのこと


めっきり冷え込んでまいりまして、昨日から声が出ません、スズコです。

声が出ないのでもちろんアホ息子どもを大きな声で叱れません。アホ亭主の尻もたたけません、よって荒れ放題な我が家であります。

 

さてさて。

今日は昨日のことを。

息子たちの通う小学校で教育関係の講演会がありました。私はお世話係を仰せつかりまして、演者のお出迎えやお見送りの担当をさせていただきました。

演者の方は長年学校などで講演をされている初老の男性でした。

お話の内容自体は子どもたちがどっと笑う場面あり、大人たちがちょっと涙ぐむ場面あり、1時間程度の講演は面白くためになる部分もある、まぁこういうもんだよね、という感じのものでした。

 

で。

その方が講演を終えて体育館を出てから学校を出るまでの間、お世話係として私はそばにいたのですが、小さな声で私たち保護者に

「4年生以上は大丈夫ですね、聞く力を持っています。

 ただ、低学年がダメですね、聞けていない。

 頭を動かしたり落ち着かない。聞く力がないですね」

と仰りました。

「都市部で講演をすると違いますよ。1年生からしっかり聞く力を持っている。

 体を動かしたり私語をしたりせずに話す人の方を見て聞けている。」

という言葉を聞いて、あるお母さんが尋ねました。

「その違いはなぜですか?」

「教育力です。教員の質が違う。ちゃんと教育ができているから、低学年から聞ける。」

 

その場は「ほ~なるほど」的な空気で終わりました。

 

が。私はなんか違和感を覚えたんですね。

「低学年は出来ていない、でも4年生以上は聞く力を持っている」ならいいじゃん、教育は成功しているじゃない?と思ったんですよ。

これが、全学年通して人の話を聞けない、と指摘されたらそれは教育崩壊と嘆く場面かもしれない。でも、4年生以上は出来ている。低学年で出来ていないことが年齢が上がるとできるようになっている。問題点があるとしたら「遅い」ということだけではなかろうか。

 

ではです。

うちにいる小3小2のアホ系男児、年長児の娘、2歳三男坊、それぞれの周りにいるお友達の皆様方、その子達を見ていて、小1の段階で「前に立つ人の話の内容がどんなものかは無関係に座って黙って前を見据えて動かずに話に聞き入る」という能力を持つとはどういうことか、を考えました。

 

性格的に、それをこなすのが得意な子もいますし、苦手な子もいます。それは、都会でも田舎でも同じと思う。

それが、都市部のある学校では一律出来ているというのはどういうことだろう。

 

それって「調教」の域になるんじゃないかなぁと。

 

いや、調教される子たちやその教育手法を非難するという意図ではないの。

そういうことを目的に厳しく躾けられた子達と、その厳しさが緩いうちの小学校の子達、その違いが、低学年の、その方曰く「聞く力」のあるなしという形で露呈したのかなぁ。と。

 

このことをTwitterでつぶやいたら、あるフォロワーさんから「小学校の入学式で幼稚園出身の親御さんが入学式の間おとなしくできない保育園出身の子たちに驚いていた」というエピソードを教えていただきました。

それは、私も経験のあることで、小学校の入学式のときに個性というレベルではなく園ごとのカラーがわかるなという感覚。保育園の子の方が落ち着きがない印象を受けたことは確かにあります。

地域のボランティアとかの関係で幼稚園や保育園に行った経験のある夫も、息子たちの通う幼稚園の子の団体と近所の保育園の子の団体との違いが顕著だったと話していたこともあります。

 

じゃあこの違いで保育園はダメ、って言えるよねって話じゃないの。

入学してすぐに、この違いは目に見えなくなる。誰がどの保育園出身でどの幼稚園出身かなんて見た目や挙動ではわからなくなるんですね。

それは、小学校で入学後にそれなりの指導があったから。要は、息子たちの幼稚園ではその指導を近所の保育園よりより重点的にやっていただろうということだけだと思う。

 

これと同じことが、田舎のうちの小学校と都市部の小学校で起こっているだけなんじゃない?と私は思うのです。

早い段階でそれが大事だと「叩き込む」指導をすれば子供たちは出来るようになる。

でもそれをゆっくり指導すれば、完璧にできるようになる年齢が遅くなる、ということなんだろうなと。

 

遅いという事はそれはそれでリスクをおうものではあるから、じゃあいいじゃんと簡単に言ってはいけないのかもしれない。

でも私は、少なくとも今回の講演会の子供たちの様子を前から眺めながら、それほどまゆをひそめられるような状態ではなかったと感じたの。少しそわそわもしていたけど、私語が頻繁にあったわけでもないし、話を理解できる部分では笑ったり聞き入ったりしてた。(これに関しては話題とずれるから補足程度にするのだけど、講演の話題は1年生には理解できないだろうなっていうレベルの話も多く、話す速度や次の話題に行くテンポも早くて、そりゃわかんなくて退屈もするよとはちょっと思ったのでした)

そして、4年生以上はしっかりと話を聞けていたと思う。たくさん笑っていたし、目も生き生きとしていたし。

 

この演者のおじさんは「教育力の差だ」とおっしゃった。教員の質の問題だと。

でもただ聞く力があるかどうか、それが1年生の段階で出来ているかどうかだけでそれを判断できるんだろうか。

聞く力を持たせるための指導を強化するということは、それ以外の何かのための指導を削ることでもあると私は思う。あれもこれも、とはいかないのが、子育てや教育の難しいところだから。

 

私は、この都市部の子たちとうちの小学校の子たちの違いが「教育力」に起因するとは思えなかった。「教育の仕方」には起因していると思う。指導方針というレベルのものじゃなかろうか。

 

大人の目から見たら、話題が面白かろうがつまらなかろうが黙って動かず聴く子の方が賢そうに見えるのかもしれない。「ちゃんと」躾けられた子という印象になると思う。でも早い段階でそれが完成してなかったらダメ?私はそんなことないと思うなぁ。

 

と、そんなことを考えながら息子たちとバザーのうどんをすする昼下がりでありました。

 

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