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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

「甘える練習」 ~長男に教わったこと。

こどものこと


前回の記事の続きとしてボランティアのことに触れたいなと思っていたのですが、今日は先日長男との会話の中で気づいたことを書いてみます。

 

小4長男と3歳三男と私の3人で買い物に行ったときのことです。

夕方で疲れて少し眠かったらしい三男坊が途中でぐずぐず言い始めました。

スーパーの中ではまだ頑張って歩いていたのですが、お店を出たところで座り込み、抱っこをせがんだ三男坊。両手に荷物を抱えていた私は車まであとちょっとだから頑張ってと歩くよう促しましたが、その横にいた長男が「お兄ちゃんがおんぶしてやろうか?」と声をかけました。

三男がこくんと頷くと長男がそれを見て「じゃあおにいちゃんおんぶして、って言ってごらん」と促し、その通りに三男が話し、お兄ちゃんにおんぶしてと手を伸ばしました。

 

三男をおんぶして歩く長男にぼそっと「君が一番三男に甘いよねえ」と苦笑いしながら呟くと彼はニタニタ笑ってこういいました。

「甘える練習をさせてるんだよ。大人になってからも誰かに甘えることあるでしょ、そのときに丈夫に甘えられるように、甘えたいときに甘えられるように練習させてるんだよ」

 

まだ9歳の彼が、どんな経緯でそんなことを思いついたのか、どこで知恵をつけてきたのか、どんな心理でそういっているのか、私には見当もつきません。でも、その言葉を聴いたときになぜかどすっと胸に突き刺さるというか、何かとても大事なことを言われたような気がしました。

 

甘えたかった三男の気持ちが、たぶん同じように甘えたかった長男には分かるんだろうな、と思うと、同じ3歳の頃に既に2歳と0歳の二人の兄になってしまっていた彼がどれだけの我慢をこれまでしてきたのかと胸が痛みました。

そして同時に、その彼が甘えさせていいと言っていることや三男の甘えを受け入れていることは、これは大事なことなんだよ、というメッセージのような気がしました。

 

お兄ちゃんにより、親以上に甘やかされているかもしれない三男。

私が上の子たちを育てている間、歩けるようになったんだから歩いて欲しい、抱っこしてやる癖がつくといつでもせがむようになるから厳しくしないといけない、と思っていたような気がします。

でも、改めて観察してみるとそうやって甘やかされているように見える三男はいつでも誰にでも抱っこをせがむわけではないし、毎日元気に歩いて登園し、買い物の間も時分の足で歩き、外で元気に走り回っています。

そして、本当に疲れたとき、悲しいことがあって甘えたいときに、甘えたい人に抱っこをせがみに来て、ちゃんと「抱っこして」と頼んでいるんですね。

甘やかされ放題でわがまま、にはどうもなってない。いやまだまだこれからなのかもしれませんが。

 

あぁ、上の子たちにもこうしてあげてよかったのか、と頭をガツンと殴られたような、そんなショックというか、後悔と言うか、不思議な心境に陥りました。

 

痛いところを突かれたような気がしたのは、私が甘えることが極端に下手な大人だからでもあるかもしれません。末娘として甘やかされて育ったはずなのに私は誰かに何かを頼むとか、してもらったことに素直にお礼を言うとか、甘えさせてもらうとか、そういうことがとにかく苦手で、何でも自分で抱え込む傾向がありました。

結婚と出産を経て、自分の力だけでどうにもならないものを抱え込んだときにそれが爆発して育児ノイローゼ一歩手前まで落ち込み、人をうまく頼ることの大事さを痛感して少しずつ自分なりの訓練をして今に至ります。

 

そんな私をずっと見てきたであろう第1子の彼に(いやほとんど覚えてはいないんだろうけど)そんな言葉をもらって、自分が失敗してきたこと、それを取り戻すために努力や工夫をしていたことは無駄ではなかったのかな、と思ったりもしました。

 

「人に甘える」というと、マイナスなイメージで捉える人も多いのかなと思います。

それはネット上では特にそう見える。

でも、私たちは誰にも頼らず誰にも甘えず誰の助けも得ずには生きていけない。少なくとも社会の中で色んなハンディをそれぞれが負いながら暮らしていたら、誰かに時に甘えることも大事なことだと思う。

 

「ちゃんと、人に甘えること」が大事なんだろうなと。

やってほしいことを明確に伝えてお願いする、してもらったらお礼を言う。

文字にしたらとても当たり前なんだけど、でも、こういうの、いきなりやろうと思っても苦手な人にはとても難しかったりする。

何で難しいか、はたぶん生い立ちとか性格とか色んなことが複雑に絡んでるから簡単には解決できないのかもしれないのだけど、でも、自分なりに練習していくことはたぶんとても大事で、そして子供たちにも、もっとそれを意識していいのかなと思う。

抱っこをせがむ幼児は抱っこしてあげていいんだろうな、いやお母さんもその余裕がないときも多々あるとは思うけど、でもその要求を発達に合わせた方法でお願いする練習をさせながらできるだけ汲んであげることも、一つの大事なステップなんだろうなと。

 

甘えない大人、じゃなくて、ちゃんと甘えられる大人になるために。

 

お、これは次回書きたいボランティアの話にも繋がる締めになりそうですよ。

甘えられる大人になりたい、それが、私がボランティアというものになるべくかかわろうとすることとリンクしていたりします。という導入だけしておいて、今日はおしまい。

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