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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

無痛が良いの悪いのって話じゃなくないのかな。

そのときどき


土曜日の夜ですので、まったりとスマホからエントリを書いています。
普段はパソコンからしか書かないのになんでそんなことを思い立ったかというと、子供たちを寝かせてからハイボールをちびりちびりたしなみながらTL眺めてたら無痛分娩に男性が反対してるとか、いや無痛はこんなにメリットがとか、むしろ無痛分娩が主流になるべきだとか、そんなこんな色々が流れてきていて、むむむとなったのです。
でも今家にはPCない、けど書きたい。
で、スマホで書いてます。
読みにくかったらごめんなさい。


前にね、幼児用のハーネス(迷子ひも)のことが話題になったときに「結局ハーネスそのものが良い悪いじゃなくてなんかにかこつけて文句いったりマウンティングしたりしたいだけだろうがよ!」というエントリを書いたことがありまして(スマホからなのでリンクはるのよくわかんないのではしょります。よみたい方は過去記事からどうぞ)それを思い出したんですよ。

これも同じじゃん、って。

無痛分娩が良いとか悪いとか、そんなも産むん本人と産後に関わる人らが決めたら良いことでしょ。痛みに対する感覚とかトラウマとか人それぞれだし、体質や産後の環境や産院の状況、懐事情等々、それを選択肢にあげる人もいればあげない人もいる。

無痛分娩の引き受けが難しい産院もあるし、数がたくさんこなせないところや時期もある、そういう医療体制側の事情もあるし、費用も自然分娩より高くなるし、簡単に選べるわけじゃない。

でもそれでもいろんな理由からそれを望む妊婦がいるならそうすればいい。だって少なくともマイナビニュースでアンケートしてたやつの反対派17%(たったそれだけ!)の意見なんかどうでもいいやん。気にせんで良いやん、その人らが何してくれるわけでもないし。
独身男性が雰囲気で答えてることなんか、気にする必要ないと思う。自分だって二十歳そこらの結婚もしてない頃は電車で子供が泣いてたら「母親何やってんだ!」とか思ってたと思うもん、そのくらい無知な段階の人が言ってる幻想に振り回されちゃいかんと思うのです。


じゃあ現実の世界で阻むのは誰かっていうと、一番に上がるのは実は配偶者の男性で。
麻酔の危険性がどうのとか母性がどうのとかね、そういう理由をあげて反対する人もいるわけで。

それで反対する旦那が悪いとか反対された妻かわいそうとか、そういう次元じゃなくて、そもそもお互いのコミュニケーションが成り立ってないことが原因じゃないですか、と思うんですよ。
妻が希望することを夫が反対する。そこには妻を見下す夫の存在があるのかも知れないし、逆に産むのは私なんだから私の意見が絶対でしょという妻のごり押しが相互理解を阻んでいるのかもしれない。
その話し合いが成立してない夫婦、って分娩の方法を通して夫婦関係のほころびが見えてるだけじゃないの、と思ったりします。
生まれたらその先、夫婦で話し合って方針を決めていくことは山ほど出てくる。病気をするかもしれないし障害があるかもしれない、園や学校を決めたり、そこで親として関わることもお互いに出てくる。分娩方法くらいで(とあえて言う)揉めるような関係、そこから先が大変そうだなと。

建設的に話し合ったり、お互いにマウントしあうことなく冷静に意見を出しあう、それをすればどの分娩方法が今の自分達にとって最良なのかが喧嘩せずにでてくるのかなと。でもそこに至らないのは、分娩方法に対する考え方の相違ではなくて、そのトピックがきっかけになって湧いた夫婦間の問題点なのではないかな、と思います。
その解決に必要なのはどの分娩方法がより良いかという事実の羅列ではないのではないかな、それは、相手を言い負かしたり自分が有利に立つためには有益かもしれないけど、じゃあその論争にどちらかが勝利したら幸せな赤ちゃんが生まれるのか、ってそうじゃないでしょと。

自分がなぜ陣痛に不安を感じて避けたいと思うのか
自分はなぜ麻酔による陣痛の軽減に拒否的な感覚を持っているのか
そしてそれぞれが、相手がなぜそう感じているのかを尊重する

お互いにそれができていたら方法は自ずと導き出されるのかもしれない。

いやそんな簡単な話じゃないから悩んでる人がたくさんいるんだろうけどさ。でも反対してる旦那さんの多くは雰囲気で何となくとか麻酔が何となく怖くてとかそういうなんとなくな理由なのも多いと思うの、周りを見てたら。でもそこで、そのふんわりしたイメージからリアルな話に突き詰めて話していく過程で「反対するなんてひどい!」とか「無痛分娩がとにかく良いから認めろ!」とかの感情の押し付けを展開されてしまうと溝は深まるわけで、そうじゃなくて不安に思う気持ちは受け止めた上で私はこう思うと主張するとか、平和的に反対を賛成に転じてもらうための方法はあると思うし、そのやり方は子供が育つ過程で必ず役に立つと思う。

だらだら書いたけど要は、夫婦間で分娩方法で揉めるのって突き詰めたらコミュニケーションの問題じゃないですか、ということが言いたかったわけです。


あと余談ですが、無痛や和痛に反対する存在として親戚や近所のおばちゃんとか、実の親とか義理の親とか、夫以外のいろんな人が湧いてくることが想定されますが、私はその辺の勢力に関しては「詳しいことは言わずにほっとく」が最善策かなと思います。
だってその人たちが分娩室までくることはまずないわけで、内情なんか知らせる必要ないし、知られて反対されても「そうですね~」って濁してスルーしていいと思う。

それが簡単にはできない相手もいると思うけど、そういう人らは分娩に留まらず一生いろんな側面で持論を押し付けようとしてくるはずだから、早めに距離をおいといた方が精神安定のためによろしいと思います。
若い人ならまだ変わる可能性がありますが、こういう気質の年配のかただと自分が思い込んでいる概念を覆すことはそうないと思います。相手が変わらないという前提で接した方が無難かと。


酔いに任せてウダウダ言ってすいません。

結局何を言いたかったかというと、普通分娩がどう良いとか無痛が良いとか、そんなの産む人が中心になって産後関わる人たちと決めれば良いことで、外野が口出すことじゃないし、どっちがどう優れてるとかも誰かがジャッジすることじゃないんじゃないの?と、そういうことです。

無痛がいいと思う人もいるだろうし、いや陣痛ってどんなもんか経験してみたいとか思うドMな妊婦もいるだろうし(私です)、1度経験してもううんざりだから無痛にしたいって人も、産後いサポートが手薄だから回復の早い無痛を選びたいとか、いろんな希望があって良いと思う。
医療現場の実情や本人の体質や健康状態、胎児の状態等で希望通りにいかないこともあると思うから、その辺の色々を自分たちで考えて答え出せば良いのかなと。

産み方そのものの内容ではなく、その結果の導きかたにおいて夫婦間でも他人との間でも、自分の主張をごり押ししたり、主導権争いになってしまったりすることが問題の根幹じゃないかと、そう思うのです。

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