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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

「おさるのジョージ」に思う、社会で子どもを育てるということ。

こどものこと


以前から、アニメ「おさるのジョージ」の黄色いおじさんスゲー!というのはTwitterのママクラスタで散見されるコメントでした。

 

おさるのジョージ」というのはNHKで土曜日の朝に放映されているアニメ。元は洋書の絵本です。(参考;NHKアニメワールド おさるのジョージ)(絵本のタイトルも「おさるのジョージ」、最初日本に入って来たときは「ひとまねこざる」というタイトルの絵本として広まっているみたいです。)

 

NYの街に暮らす研究者の「黄色いおじさん」(帽子から衣類、靴まで全部黄色しか着ない、ジョージの飼い主です)と暮らす「おさるのジョージ」(外見と知性の高さからおそらくはコモンチンパンジー。)の物語です。

 

ジョージは原題の「Curious George(知りたがり屋のジョージ)」に現されるように、好奇心旺盛なチンパンジーがあれこれ事件を起こしたりほんわかなお話を引き起こしたりする、子どもたちが大好きでよく見ているアニメ。

 

黄色いおじさんの何がすごいのか、っていうと、とても穏やかな視線でジョージを見守って育てているんですね。その姿勢の神々しさに憧れると共に、自分のダメさやそうはいかない現実とのギャップに時に悲しくもなる。

 

今朝、なぜかやたら早起きをしていた子どもたちが録画していたジョージを見ていて、そのお話がとても象徴的で朝ご飯をつくりながら色々と考えるきっかけになりました。

 

録り貯めたものを見ているので直近のお話なのかは分かりませんが、ゴミのリサイクルのお話でした。

 

ジョージの住むNYのアパートメント、その周辺一帯でエコ活動が盛んになり、リサイクルにしっかり取り組んでいる団体が参加してリサイクル運動の盛んさを競うコンテストが開かれる事になりました。

ジョージはおじさんと一緒にゴミの再生工場に見学に行き、リサイクルのことを学んで帰ります。アパートのドアマンは隣のビルに負けないようにとせっせとビル内のゴミを集めては分別してゴミ箱に放り込んでいます。それを見たジョージは「リサイクルのためにあの中にビンやボトルをたくさんいれなくちゃ!」と思います。

 

おじさんの留守中、ジョージは自分の家の冷蔵庫を開けて空ビンを探し、見つからないからといくつものビンやボトルや缶の中身をどんどんひとまとめにして空にしてせっせとゴミ箱に運びます。

自分の家が済んだら部屋を出て(※ジョージは基本的に放し飼いです)アパートの中をあちこち見回し、配達されて玄関前に置かれていた食料品の箱からシャンプーやピクルスのビンを持ち出し、また自宅にある他の入れ物に移し替えて空ビンをゴミ箱へ。

工事中の部屋からはセメントを混ぜるバケツを持ち出し、配達された新聞紙を玄関先からかき集め、アパートの玄関からは配布用のピザのチラシを。

アパート中からどんどん「リサイクルできるもの」をかき集めてゴミ箱に詰め込むジョージ。

 

おじさんが帰宅後、本を読みながら片手でシリアルをお皿に入れ(一緒に塩が入ってる)、牛乳を注ぎ(灰色の謎の固形物入り)、オレンジジュースをコップに注ぎ(シャンプー入り)、さあ口をつけたときに驚いて飛び上がります。そして苦笑しながら「あいつの仕業だな…」

 

苦笑です、苦笑するんです。怒ってないんですね、もうこの時点で神かと思うレベルなのですが続きます。

 

おじさんがジョージを探しているとき、階下のゴミ置き場では騒動が起こっています。

「新聞が届いてないって苦情が来たんですよ」と新しい新聞を持ち込む業者、宅配してもらってた商品が半分無くなってる!と怒る老女、セメントのバケツが無い!と困惑する工事業者、みんながゴミ置き場に集まって来て、ドアマンを責めています。

溢れ出たゴミ箱の中に、今日の新聞や老女が頼んでいたシャンプーの空ボトル、セメントを混ぜるバケツが転がっていて「誰がこんなことを!」と憤る住民や業者。

騒動を聞きつけた隣のアパートのドアマンが「コンテストに勝つ為にこんなことするなんて…」とドアマンを責めているところに、ジョージを連れたおじさんがやってきます。

 

「彼を責めないで、ごめんなさい」

 

おじさんはジョージの仕業であることをみんなに説明します。

住民や業者やドアマンたちは「なんだそうだったんだね」と納得。

「リサイクルは空になったものを使うんだよ、新聞もちゃんと読まなきゃね」と諭す周囲。謝るジョージ。(といっても言葉は出せませんがジェスチャーで)一件落着、なお話です。

 

ジョージがまた何かやらかした、と気づいたとき、おじさんは怒ることなく苦笑。描かれてはいませんがおそらくはジョージを探して優しく諭したと思われます。

 

育児経験のある方なら、この時点でおじさんの落ち着きように驚かれるかもしれません。実際に子どもを育てていてもし同じような状況に直面したらまず「どんな被害を出しているのか、誰に迷惑をかけてしまっているのか、どこに頭を下げに行かなければならないのか、どんな補償が必要になるのか」が頭をぐるぐる駆け巡ります。

 

そして「どんなことを言われるか分からない」恐怖が襲ってくる。

 

おじさんは悠々自適に一人暮らしをする裕福な学者という設定なので補償のお金が苦にはならないのかもしれませんが、何より、周囲の人たちが怒ることなくジョージの失敗を受け入れ、みんなでジョージを諭してくれる。その環境が有ることそのものが、おじさんが穏やかにジョージと暮らしていけている理由なのかもしれないなぁと思ったりしました。

 

子どもたちが何かを失敗してしまったとき、自分自身もおじさんのようにゆったり構えて諭してやれるのかなぁと、周りとの軋轢に疲れて子どもたちについ大きな声を出してしまったことのある私にとって羨ましさすら感じるおじさんの環境。

 

親としてそんな甘えたことを言ってはいけないのかもしれないし、周囲のせいにして逃げてはいけないとも思う。

でも育児ノイローゼや虐待や不登校なんかの社会的な問題になっているいろんなことを考えたとき、おじさんの住む街のような、親も本人も責めすぎずに優しく諭し温かく見守ってくれる社会だったら起こらないのかも、解決も早いのかも、とも思います。

 

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ここしばらく、こんな感じの、子どもを責めすぎること、親を辛辣に叩くことのマイナス面について考えていたので、今朝見たジョージのお話からまた色々な事を考えるきっかけになりました。

 

黄色い帽子のおじさんが理想の親として私たちの目にうつる、そのおじさんを作っているのは、あの街のジョージを見守ってくれるたくさんの穏やかな人たちあってのことなんだなぁと、あくせくホットケーキを焼きながら考えた朝でした。

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