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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

言葉のおうむ返しを通して同意を伝えること 〜基本的自尊感情の話のつづき


基本的自尊感情と社会的自尊感情、という言葉に出会ってから、ずっとそのことについてぐるぐると考えては自分の中にあった知識や経験とリンクする部分を見つけたりしています。

 

2つの自尊感情について、なんぞやと思われる方は前回、前々回のエントリをご参照くださいませ。

 

そのグルグル思考のなかで、わき上がってくる疑問があるのです。

それは「基本的自尊感情はある程度年齢が上がってからも育つものなのだろうか」ということ。

 

前回までに、私は自分の基本的自尊感情がおそらくは小さい頃の育つ過程の中で上手く大きくなっていないのではないかということに気づきました。

そしてその、著しく低い基本的自尊感情を補うために社会的自尊感情を満たすべく様々な承認欲求を身近な人に対して募らせることがあるのかもしれないし、その不安定さで周りを困らせる言動を取ることがあったのではないか、という推察に至りました。

 

では、です。

 

大人になった所で低すぎる基本的自尊感情を育てることはできるんだろうか、もしくは、小学生中学生高校生、大人ではないけどある程度大きな子たちがもし学校や色々な所でつまづいて、基本的自尊感情が乏しいことが露呈した場合、それをその後補って行くことは可能なのか。

 

それをうんうん考えているときに、あるツイートに出逢いました。

 

この会話の流れ、以前のエントリ


話し方聴き方実践をやってみた。 - スズコ、考える。

でもご紹介した書籍

子どもが聴いてくれる話し方と子どもが話してくれる聴き方 大全

子どもが聴いてくれる話し方と子どもが話してくれる聴き方 大全

 

のはじめの方の章で紹介されている接し方と同じもの。

上で紹介している私のエントリでも、似たような会話の流れについて書いています。

 

一般的に、基本的自尊感情を育てる方法として紹介されているのは、前々回のエントリにも書いたような、家族の中で共通体験をすること。

体験を共有するなかで、自分がそのとき感じた感情を肯定される(たとえばテレビを見て笑っているときに家族が一緒に笑っていたり、面白いと思う感情を否定されず受け入れられる 等)ことを繰り返すことで、自分は自分でいいんだ、という根っこが張っていく、と言われているようです。

 

この、感情が肯定される経験、って上記ツイートの「おうむ返しにしてあげる」ことでも培われるんじゃないか、と思いました。

 

話し方聴き方大全の書籍の中には、基本的自尊感情とかの、専門的な用語はほとんど登場しませんが、根っこにある、いわんとしていることは結局同じなんじゃないか、と感じたのです。

 

たとえば自分を振り返ったときに、夫との会話の中で仕事の愚痴をこぼしたり疲れたことを話したりした時、具体的な改善方法のアドバイスを貰うより「大変だったね」「それは疲れるよね」と同意してもらえるとなんだか嬉しかったりする。

 

「寒いね」って言った時に「寒いね」って言ってくれる人が居ることが嬉しいという短歌を思い出しましたが、そういう、感情への同意、肯定が、君は君でいいんだよ、というメッセージに繋がるのではないかな、と思ったのです。

 

それと同じように、子どもたちも「これ食べたくない!」という時に「なぜ食べたく無い心理なのか」「なぜ食べられなくなっているのかの要因を突き止める」とかではなく「そうか、食べたく無いんだね」という、その食べたく無いという感情そのものはまず受け止めよう、っていう姿勢を見せてあげること、それが基本的自尊感情の栄養になるのではないか、という仮説が自分の中で起こりました。(あくまでも素人の仮説です)

 

同意してもらえたら嬉しい。

それは逆に言うと、起こった感情を否定されることが苦しい、ということでもある。

 

これ、子どもを育てていたら無意識のうちにかなりやっているのではないかと思うのです。

 

転んで「痛い」と言う子どもに「痛くない!痛くない!」と泣かないよう促したり、「だから走らないでって言ったでしょ」と転んだ原因について話したり、「痛いならこうしよう」と解決法だけを提示したり…

 

私もつい言ってしまうのだけど、でもそのときに「痛かったんだね」「これは痛いね」って同意すること、「痛い」と感じた気持ちは間違ってないよ、それでいいんだよ、と肯定すること、それを意識することが子どもたちの基本的自尊感情を育てる一つの要素になるのかもしれないな、と。

 

「お腹すいた」「眠い」「寒い」「暑い」「疲れた」「行きたくない」「着替えたくない」「早くしたい」…

子どもたちは毎日何度も、自分の自分の感情を言葉に出しているけど、自分がこれまでそれをどれくらい受け止めてこれたんだろうと振り返ると反省しすぎてそのまま落ち込んで戻ってこれなくなりそうで…

 

でもそこで諦めてはいかんと。

末っ子4歳、まだなんとかなりそう。

長男は10歳、もういろんな形で手を離す時期ではあるけど、でも取り戻せるところはなんとか取り戻せたらいいなと。

 

これがある程度大きくなってからも効果があることなのか、何歳くらいまで有効なことなのか、よくわかりません。

そういうのが書かれてる本もあるのかな、もし知ってる方いらしたら是非教えて下さい。

 

でも、生育に問題があった子の育て直しを大きくなってからもやれるように、気づいたところからリスタートすることもきっと出来るはずだ、と往生際の悪い私は思いたい。

 

ちょっとした相手からの指摘や注意でひどく傷ついてしまう

些細なことで泣き出してしまう

相手の言葉を勝手に深く受け取ってショックを受けたり急に怒ったりする

小さな失敗でくじけてもうダメだと放り出す

 

それは、基本的自尊感情が低いですよ、ってサインかなと思う。

 

それが自分の配偶者や子どもに見えたら、とりあえず言葉のおうむ返しから始めたらどうだろう。今感じてるその感情、それでいいよ、って伝えてみる。

 

自分がそうだと感じたら。

前回のエントリに書いたように、協力してくれる身近な人に自分の状態を話して、こういう対応をしてくれたら助かりますってお願いしてみるのはどうだろうって私は思う。

あと、わじら (id:wajira13)さんが書いて下さってるのでご紹介しときます。


自尊心を考える―”基本的自尊心”のない人の特徴3つとそのリハビリ2選― - いんとろばーとの頭の中

 

なないおさんが書いて下さっているように「気づく」ってとても難しいのだろうなと思います。


気付くことと、なんともならない困った人の話 - うちの子流~発達障害と生きる

 

でも、気づく人が一人でも増えたらいいなとやっぱり往生際悪く思うので、どうしたらいいかを考え続けたいなと思っています。

 

おまけ。

私のエントリから色々と考えてくださったり、自分の経験を振り返って下さったりしたニウ (id:bittermilk)さんのブログと、らくす@raku_leiさんのツイートまとめをご紹介します。ここで触れられている、旦那さんに家事の事を指摘されただけで人間失格を突きつけられたようなショックを受けるという経験、私にもあります。

こういう経験の共有も、気づきの一つの要素になるといいなと思っています。


毒親育ち妻と普通の家庭で育った旦那との間に起こったこと - パンケーキ日和

 


基本的自尊心のないまま大人になること - Togetterまとめ

 

 

 

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