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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

「ちゃんとお世話する」という約束を守らない子どもにイライラすることについて考えました。

こどものこと


夏休みも佳境に入り、我が家では宿題とのバトルが日々続いております。

そんな中、例年通りあちこちで生き物を捕まえてくる子どもたち。今年もカブトムシとクワガタが数匹ずつ、サワガニ、ザリガニ、金魚と熱帯魚(なぜかそれぞれ近所の溝に居た)、淡水魚、蟻、ヤモリ等々、餌を与える対象が日々増えております。夏休み終わったらどうすんだろうと思いつつ愛でている息子たちを眺める日々、でもそのお世話の様子はある程度の知識を持つ大人の私から見てとても満足のいくレベルではないのもまた現実で、その現実にモヤモヤを感じることもあるし時に注意したりすることがあるのもまた飼育のつきものだったりします。

 

「ちゃんとお世話するから!」に対するイライラ

朝からTLに、ちゃんとお世話するとお子さんと約束したのになかなかにそれを継続させるのが難しいというツイートが流れて来ていました。

この台詞、我が家でも何度聴いたか分かりません。いやその前に、過去に自分が何度言ったかも記憶に定かではないほど、私にとっては身近な聞き慣れた言葉です。「ちゃんとお世話するから」と頼み込んで「じゃあ…」と飼った結果が放置、あるあるネタなんだろうなぁと思います。

ちゃんとすると約束した、なのに子どもたちはそれを守らない。そんな子どもたちについイラッときて「もう飼わないぞ!」と怒ってしまったこと、過去にあるんですね。なんでそんなにイライラしちゃうんだろうと。苛立ちをもし感じてしまうとしたら、私の中でそこを素通りできない何かあるんだろうなと。

 

親の側にうっすらとある、希望的なもの

親としては、「子どもたちが生き物に触れ、育て方を自らの力で意欲的に調べ、命を大事にし、丁寧にお世話をし、天寿を全うするまで育て続ける」ことをそこまではっきり意識はしていなくともなんとなくぼんやりと、そうなったらいいなくらいの気持ちはあって押し切られちゃうのかな、と思うのです。情操教育のひとつの方法として、そこから学ぶものがあるといいなとか、得られるものがあればいいなとか、興味を貫いて将来に繋がると良いなとか、そんな腹黒いことを親もまぁある程度は考えてしまってるのかもしれない。

 

でも現実は

が、彼らの興味はそう長続きはしやしません。もっとも大きな興味があるのが探索と捕獲、そこからはだんだんと興味は薄れ、飼育ケースの中に大人しくしている生き物より外で生きているものへとまた惹かれていく。そして残され放置された生き物たちのお世話係が、仕方ないなぁと思っている親にまわってくる…

いやそれで上手く親がお世話してあげることで平和に家庭が回るならそれはそれでいいのかな、と思ったりもしています。(だから今朝のカブトムシの餌も私がこっそりあげた)

でもそこでイライラを感じてしまうなら、やはり親の側にも何かトリガーになる感情があるんじゃないかな、と思うのです。

 

なぜイライラするのか

考察の1つめは、なぜ世話をしない子どもにイラッと来るのか。

ひとつには、前述の腹黒い淡い期待がそこにあるのかなと思うのです。それを裏切られてしまうことへの悲しさが苛立ちへと転移して表に出てしまうというケース。

そしてもうひとつは、約束をしたことを守らないという行為に注目してしまっているのかなと。大人として、自分の意志で約束したことを破る、というのは指導が必要なこと。それが自分の中で明確になっていないまま不適切な行動をとっているというところだけを感じ取ってしまって苛立ちに繋がってしまうのかもしれません。

 

なぜ「ちゃんと」できないのか

考察の2つめは、なんで「ちゃんとお世話する」ことができないのか。答えは簡単です。彼らが「ちゃんとお世話する」と言っている時にはその「ちゃんと」の中身を具体的に理解することすらしてないから。大人が思っているような生き物の飼育に何が必要なのかがわかってないから。

どんな飼育環境が必要なのか、それを維持する為にどのくらい経費がかかるのか、その経費がどこから捻出されるのか、給餌や清掃など人的な負担がどの程度ありそれにどの程度時間がかかるのか、等々、大人が子どもたちの飼いたい攻撃に晒されながら頭の中で何となく試算するそれらの必要な負担は、彼らの脳裏にはほとんど無いと言って良い。あるとしても自分の経験の中ではじき出している未熟でおぼろげなもの、そして、「飼いたい」に背中を押されることでそれらおぼろげながらも浮かんでいるめんどくさいお世話のあれこれを「出来る」と勝手に考えてしまうこと。

 

目の前の生き物を手放したくないという欲求、それを満たすための「飼いたい」という衝動のために親の「いいよ」をなんとしてでも引き出さねばならぬ、そのための「出来る」なので、大人が想定しているような見通しなんかそもそも立ってないんですよね。

 

なのでこの見通しが立てられていない状態でしてしまった約束を、最後まで全うするよう強制する必要があるのかと言えば私はそこまで求めるのは酷なのかなと感じたりはしています。

 

飼うか、飼わないか

考察の3つめは、そんな子どもたちと一緒に飼うという選択をとるときにおたがいが気持ちよく過ごすための注意点について。

 

その前にまず「飼わない」も一つの選択肢だと最初に書いておいた方が良いのかなと。見通しが立っていない子どもたちに対して、それを分かった上で「じゃあやってみて」と承諾し、やらなかったら「それみたことか」と叱るのはそれはそれで大人としてちょっと卑怯かもしれない。

結果的に叱らざるを得ないことが大人として見通せているのなら、本人の見通しが未熟であることやその理由を説明した上で「飼わない」という断固とした姿勢を見せるのも時として必要なのかなと。

 

それを通り越してじゃあ飼おう、となったときに注意した方が良さそうな事についていくつか考えてみました。

 

注意① 見通しを立てる

スマホや携帯で何でも調べられるご時世です。飼いたい(買いたい)と子供が言いだしたその場で「(生き物の名前)飼い方」でググれば数秒でたいていの飼育可能な小型生物の飼育法はわかります。それを子どもとその場で一緒に見る、確認する、ケースがいくらくらいなのか、餌は何か、どうやって餌を入手できるのか、それは誰がやるのか、等その場で具体的に相談をしてみるのは子どもにとっても親にとっても見通しを立てる為に有効な手段ではないかなと思います。

 

その時点で「自分には無理だ」と子どもたちが悟るケースもあるかもしれません。うちも調べていく過程で餌を与えるのが難しい生き物だと分かって飼育を諦めたことも何度もあります。

ただここでの注意点としては、最初から飼わないことありきで親が飼わない方に誘導するような情報の取捨選択を行ってしまわない方が良いかなということ。長じて現実を知った子どもにとって親のそんな腹黒さがトラウマになりかねないかなと。

 

注意② お世話のルールを明確にしておく

調べたうえで飼うと決まったら、次はお世話の手順の明確化です。

お子さんの認知特性のタイプによっても方法は違ってくるかもしれませんが、お世話の手順や毎日やるべきことを紙に書くなど可視化して飼育ケースの周囲に掲示しておくなど、やるべきことをわかりやすく気づき易くしておくこともいちいち口で言う回数を減らせてお互いにストレスがかかりにくいかな、と思います。

 

また、このルールの中にはペナルティについても相談しておく必要があるかなと思います。自分が「やる」と約束したことが守られなかったらどうするか。お世話をほうっておけば小さなケースのなかの小さな生き物は簡単に弱ります。餌やりや掃除などの定期的なお世話は誰がやるのか、やらなかった場合どうするのか、お世話が難しいときに誰に頼めるのか、等を子どもと共有しておくとトラブルの発生を抑えられると思います。

 

注意③ 飼えなくなったときのことを想定しておく

②の中のお世話を怠った場合のペナルティの結果がこれになる、というケースもあるかもしれませんし、罰則ではなくても例えば急な長期的な外出や引っ越し、家族の体調不良など想定外の出来事が起こったがために生き物の世話が出来なくなる、ということはあり得るかもしれません。

そのときにどうするのか、をあらかじめ考えておくことも大事な視点だと思います。

残念な事にそれを想定していないか想定が甘いが故に飼えなくなった生き物が自然に放されて生態系を壊してしまうケースはあちこちで散見されます。生き物によってはその辺に放してはならないものも当然あるわけで、飼おうとしているそれらを飼えなくなった場合に殺すこと無く合法的に手放すにはどうしたらいいのか、についての知識を大人が持っておくこと、そして子どもたちにもその可能性はあるということを理解させておく必要があるのかな、と思っています。

 

おわりに

親にとっては頭の痛い部分もある生き物の飼育。

でもカブトムシずもうをするんだとわいわい騒いでいる姿や、川で魚やザリガニを一生懸命追う姿を見ていると学校で学ぶこととは違う経験をこの子たちはいましてるのかなぁと思ったりもしてなかなかむげに子どもたちの要望に対してダメとは言えない自分がいるのも事実です。

でも逆にその感情が生まれるということは生き物を通して何かを学んで欲しい、という自分の欲求が潜んでいるというのもまた事実。そこを自分でしっかり理解しておかないと、子どもたちの要求を飲んであげているのに、というすり替えに繋がりかねないのではないかな、と、そこは注意しないとなと思ったりしています。

 

最後におまけ

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