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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

子供たちがつい指示に従ってしまう不思議な仕組み 〜タイマーとタイプ文字〜

こどものこと


今日は、うちの子たちを観察していて思うことを。

 

前回の記事

suminotiger.hatenadiary.jp

でラベリングのことに触れました。目立ち過ぎない程度のラベリングを目指して家の中をちょこちょこと工夫する日々です。

 

テプラかピータッチか…まだ機材の導入には至っていないのですが、近いうちに手に入れたいと思っている理由があります。それがこの記事の中でも触れていた本多さおりさんの本の中に書かれていた「手書きよりなぜかタイピングされた文字の方が従いやすい」というヒトの習性らしいもの、これをぜひ活用したい。

 

と思っていたらTwitterのお友達ニャンボスさんが、お子さんに対してタイマーを使うメリットについて書かれているツイートを発見、そうそうタイマーだとなぜか従うんだよね〜と。

 

タイマーの不思議

我が家では子供用に1台タブレット端末を用意しています。子供たちそれぞれが、マインクラフトなどのゲームや勉強系のアプリを楽しむため。1台しか無いので占有にならないように、また使いすぎにならないように、1日の持ち時間が決まっていてそれぞれが時間を決めて予約を入れる仕組みを作っています。

それとは別に私のスマホにだけ入れているアプリで遊びたがることもあります。

 

それぞれの端末の貸し出しは基本的には時間を時計を見ながら子供たちそれぞれに管理してもらっていますが、中には特性上それがスムーズにできない子もいるので私が時計を見て声をかけることもあります。時間を超過したとかの揉め事になるのを防ぐためです。

 

ただ私自身も時間の管理はそう得意でもなく、また家事をしながらうっかり過ぎてしまうこともある。なので貸し出す段階で「何分間ね」と確認して端末のタイマーをセットしてみたことが何度かありました。

 

時間が来てピピピピピと端末のアラームがなると、けじめをつけるのが苦手な次男がパッと顔を上げたんですね。んでゲームをさっと終了して私のところに端末を持って来た。これまで何度も何度も声をかけてもすぐにやめず、時に大きな声を出してやっと渋々やめたりしていた彼が、電子音の指示だとスムーズに従った。

 

偶然気持ちの区切りがつけやすかったのかなと思ったのですが、何度か同じことが続いたのでやはり、私が声をかけることと電子音の間にはなにか受け取る側の違いがあるようです。

 

なぜ電子音だと従うんだろう

何度声をかけてもやめなかったゲームを、なぜ電子音に止められたらやめるんだろう。これを紐解いたらもっといろんな場面に使えそうな気がする。あれこれ考えたり、Twitterやあちこちで色んな方と話したりしていて色々と見えて来たことをまとめてみます。

 

1、私の声かけの優先度がそもそも低い

私が日常的にやいやい言い過ぎていて「私の声かけ」の優先度合いがとても低いのではないかと。これは大いにありそうです。お母ちゃんがなんか口うるさく言ってる、というのが彼にとってはもう取るに足らない日常の、セミの鳴き声うるさいなっていうレベルになってるのかもしれない。やいやい言われることに耐えていればゲームそのものは続けられる、後から叱られるかもだけどそれはそれで先のことだし、って。

私の声かけそのもが彼にとってスルーしちゃって良いものになってしまっているのかもしれません、反省。

 

2、「今から勉強しようと思ってたのに!」

「勉強しなさい!」「今からしようと思ってたのに!」鉄板のやりとりなんだけど、これと同じ何じゃないか、とフォロワーさんからご指摘いただきました。なるほど目からウロコです。

心の中では「いつまでもゲームしてたらいけない」「時間になってるからやめないといけない」とわかってはいるけど目の前の楽しさにとらわれて続けてしまっている。わかってるけどやれてないこと(でもやろうと思ってはいるのね、ここが厄介)をわざわざ指摘されることへの苛立ちから、「わかっているのに口うるさく言われて腹が立つ」「声をかけられたからやる気を失った」と自分以外の要因があったという問題のすり替えを行うことでやるべきタスクをこなしてない自分の罪悪感から目を反らす。

 

この問題のすり替えのための生け贄みたいな存在に親をつかってしまう心理は自分にも身に覚えがあります。でも他人の誰にでもそれが適用されるわけではけしてなくて、自分の母親や夫、自他の境界線が緩んでしまっている相手に発動されやすい間隔のような気がしますがこれを考えるとまた長くなりそうなので一端保留。

 

やろうと思っていてもなかなか自分で区切りを付けられないときに、電子音がなる、画面が切り替わったりウインドウが現れたりとゲームの中断や視覚的な変化も与えられる、その、無機質な警告には「やろうと思ってたのに!」という苛立ちをぶつけることはできない。甘えが生まれない。

 

 

手書き文字が感じさせるもの

この視点から、ラベリングについても考えてみます。

手書き文字よりなぜタイプされた文字の方がなんとなく従いやすい、書かれている場所にものをしまいたくなる不思議、これも声かけと同じように文字から受ける感情が絡んでくるのかもしれません。

 

自分の感覚では、自宅のものに自分でラベリングをしているときに手書きとタイプ文字の差は感じません。書いてあるものを読み取って利用している以上の意味は感じていません。でも家族にとっては違うかもしれない。

 

手書きの文字には、書いた人が存在します。

それは自分かもしれないし家族かもしれないし、会社だと同僚や上司かもしれない。手書きで文字が書かれていたらその書いた人そのものを感じさせてしまう、それが、声かけとタイマーの違いでもある「相手が人か無機物か」の違いと同じなのかもしれません。

 

年賀状の手書きのメッセージが嬉しいと感じることがあるように、手書きの文字の向こう側に書いてくれた人のことを感じることの良い面もある。でもそれは逆に、文字により何かを指示されるときにその指示する相手の存在を強く感じさせる要素にも成りうるということなんだろうなと。

 

何かをしまおうと引き出しを見たときにそこにいつも口うるさい母親の字で「はさみ」と書かれたラベルが貼られていたら。その3文字は脳に届くときにはただの文字列ではなく「はさみはここにいれて」と母親がいつもの口調で言っているその顔や声という情報までセットにしてしまう力をもっているのかもしれません。そしてその指示が、時に書いた人に対するうっとうしさや甘えの感情を引き出す要素になり「物をそこにしまう」という本来の目的である自主的な行動の障害になってしまう。

 

場所を教えるためのツールと、わかっている人の背中を押すためのツール

私が自分で引き出しの場所を間違えないためのラベリングは、どんな文字で書かれていようと構わない、それは場所を示して混乱を避けるためのアイコンでしかないから。

私が寝込んだり出かけたりしているときにも同じ物を使ったりしまったりできる、という混乱を避ける意味合いでのラベルは多分それと同じ、ただ場所を指し示すもの。

でも私が片付けて欲しいと思って家族に向けて使うラベルはそれとは多分違うものなんだろうなと。

 

どこにしまったらいいのかはだいたいわかってる、片付けないといけないこともわかってる、そうした方が他の家族も助かることもわかってる。でもめんどくさくてついサボりたくなったり、他のことに気を取られておざなりになってしまったりしてしまう。そんな状態のときに、お母ちゃんを思わせる声や文字で動け動けと指示をされるのか、無機質な音やサインで気づいて自分の意志で行動を起こすための背中を押してくれるツールなのか。

 

おわりに

声かけとタイマーの電子音、手書き文字のラベルとタイピングされた文字、それぞれの違いはそれぞれが音や見た目以上の何を感じさせるかが鍵のように思います。

ゲームの時間のようにある程度自分で決めていけることと、お片づけのように自分以外の家族(我が家では主に私)が取り決めたことに従うよう求められていることとの違いはあるかもしれませんが、どちらのケースにしてもただ守るように求めることよりはなぜそうする意味があるのか(ゲームの時間を決める理由や、道具をどこにしまうと都合がよいのかなど)は端折らずに家族と共有する努力は同時進行で必要なのだろうとは思います。

 

ただ、その概念を理解したからできる、というほど簡単なものじゃない。だから私も含む世の父ちゃん母ちゃんが子供たちになんとか動いてもらおうと試行錯誤してるんだろうと思うのです。そこで口うるさく言い過ぎなくても自主的な動きに繋げられるような工夫、ツールを有効活用できたらお互いのストレスも減って、子供たちもガミガミ言われることもなく楽しく過ごせるんだろうなぁ、と。

 

もちろんゲームの区切りや片付けのように無機質なもののほうが家族の自主的な行動を促す要素に繋がるものもあるだろうけど、いつでもどこでもそれが通用するとは限らない。逆に人を感じさせる指示の方がスムーズに通るというケースもあるんだろうと思うし、その辺上手に使い分けて接していけたら自分も家族も楽なんだろうなぁ…いやそれがとても難しいから頭を悩ませているのだけれど。

 

最近の自分の目標はこれです。

お友達まうどんさんのブログ(わがまま?聞き分けがない?大人が子どもに「寄り添う」ということ | マンガ蒲田家★定型外家族)のマンガのなかで心理士のダイス先生が仰っていたこと。親としていつも完璧であらねばならない(そうじゃないとダメだ)、とつい思ってしまう100-0思考に陥りがちな私、「3割でいいんだよ」の呪文をいつも心の中で唱えてます。

 

 

TANITA でか見えタイマー ホワイト TD-384-WH

TANITA でか見えタイマー ホワイト TD-384-WH

 

Amazonの商品貼るとサムネイル画像に表示されることに最近気づいたので、それっぽく貼っとく。これ、文字が大きくていいなぁ。 

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