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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

地震雑感 「大丈夫だよ」って言う難しさ


今回の熊本・大分を襲った震災で被災されたみなさまに御見舞い申し上げます。

 

私も揺れる地域に住んでいるので、直後からTwitter上でたくさんの方にご心配いただき、余震が恐くて眠れない夜の不安を和らげてくれました。本当にありがとうございます。

3日ほどは夜も怖くて車中や公民館や頑丈な作りの夫の実家を渡り歩きましたが、幸い我が家やその周辺では被害らしいものはなく週を明けてからは子供たちも登校登園し、日常が再開されています。

 

いつも通りの毎日、時間軸も色々な用事もほぼ通常通り行われています。仕事も多少影響を受けながらもまぁ流れて行っていて、テレビやラジオやネットからの情報で入ってくる熊本や由布の大きな被害に想いを馳せながら、被災者とそうでない人たちの狭間にいるような自分のあり方を時折考えたりしています。

 

今朝はゆっくりの出社だったので久しぶりにNHKあさイチを見ながら溜まった洗濯物を片付けていました。その中で触れられていた、子供への対応のこと。

 

「大丈夫だよ」って言ってあげて安心させてあげて

 

テレビの中でそう語られていました。

 

「大丈夫だよ」

それは、ここ数日私が言いたいけれどなかなか言えない言葉でもありました。

 

最初の2日続いた大きな夜中の揺れ。飛び起きて私のベッドに集まった4人の子供たちを抱えながら「一緒にいるから大丈夫だよ」と何度も言いました。「大丈夫だよ」と言えたのは、その2日だけだったかもしれません。

 

揺れの間隔は開いていく中で、最初はずっと怯えていた子供たちも穏やかに過ごす時間が増えてきたように思います。大きい子たちは緊急地震速報の電子音を口笛で吹いてビックリする私を笑ったり、おちびたちが「じしんだ!」「じしんだ!ひなんだ!」と言いながらテーブルに隠れる遊びを繰り返していたり、地震という現実を受け止めながらもそれを受け流そうとしている様子が見て取れました。軽い揺れだと「今のは震度3くらいかな」と言って慌てずに周囲を確認する長男の姿も見られました。

 

それでも緊急地震速報の音が聴こえると怖がる子供たち。外に遊びに行っても大丈夫なのかな…と不安がる様子が見られたりもしました。

そんな子供たちに私は「大丈夫だよ」と言えなくなりました。本当に大丈夫なのか、私も全く分からないからです。

 

最初の2日間は、子供たちは私の手や目が届く所にずっといました。日中もずっと家や車の中で一緒に。だから「一緒にいるよ、大丈夫だよ」って言えた。でも登校が再開され、私の目や手が届かないところに行く時間が増えていく子供たちには「大丈夫だよ」って言えない。もし私の手を離れたところで怖い思いをしてしまったら、私が言った「大丈夫だよ」が嘘になってしまう。大丈夫だって言ったのに私は子供たちを守れない、だから、言えない。

 

「大丈夫だよ」という言葉の代わりに、子供たちには「大丈夫でいられる方法」を話しました。登下校の途中で大きな揺れがあったときの対処法、緊急の連絡先情報を記憶すること、メモに書いて持ち歩くこと、どんな大人を頼れば良いかということ、子供だけで行き来する範囲内の危険が想定される箇所…ゆっくり丁寧に話しながら、お父さんお母さんがいないところで地震が来ても、こうやって身を守る方法を知っていたら必ずまた会えるからね、誰かが必ず迎えに行くから待っててね、と。そして、怖いよね、と。私も怖い、君らはきっともっと怖いよね。不安だよね。早くおさまって欲しいよね、と。

 

私は今日もやっぱり、大丈夫だよとは言えずに子供たちを送り出しました。

元気に登校していく子供たち。でも上空は今もヘリが昼夜問わず飛び交っているし、スマホには時折感じない程度の揺れがあったことが表示されてる。またいつドンとくるかわからない、その不安は常につきまとっています。長い横揺れや下からドンと突き上げるような縦の揺れ、大人の私でも怖かったその記憶が、今後子供たちにどう影響を与えていくのかも不安です。

当たり前のような日常が戻って来ているようだけれど、子供たちと公園で遊んでいても、園と学校と、離れた場所に送り出している今も、運転中も、「今ここで揺れたらどうしたらいいだろう」って頭の中で絶えずシミュレーションを繰り返していて。

 

これ、阪神大震災東日本大震災を経験したり、南海トラフ地震を想定する地域の方はずっとこんなふうに考えながらくらしていたのかな。そんなことに初めて気づかされた感じです。4月14日を境にガラッと視点が変わってしまったようにも思います。

 

子供たちに不安を感じて欲しくないから、怯えたりしないように、自分が怖がるところを見せないように、夫との諍いに繋げないように、とここ数日とても良いお父さんお母さんを演じている自分もいます。Twitterでもたくさんの方が、無理しないでね、大事にしてね、って私や子供たちを心配してくれていてとても有難いです。

備蓄や心の準備、避難のシミュレーション、それを積み上げて「大丈夫だ」と思う為の備えもする、でも運によるところも大きいだろうから諦めもする。私は大人だから、そうやって整理しながら自分の心を守ろうとしているのかもしれません。

 

子供たちは毎日何度も何度も私に「もう地震こない?」と聞きます。「来ないよ」と本当は言いたい。「もう揺れないから安心していいよ」って言ってあげたいけど、そんな嘘はつけない。だから「来ないといいね」「来ないかわかんなくて怖いよね」としか返せない。小さな娘や末っ子をぎゅうっと抱きしめて「でも今地震が来たら一緒だから大丈夫だよ」と次は言ってみようかな。

 

「大丈夫だよ」って何度も言ってあげたい。もう地震なんか怖がらなくても良いと言ってあげたい。でももしそれが嘘になってしまったときがやっぱり怖いから、私は今日も大丈夫だよって言えないまま、大丈夫だと思うために何ができるかを考えることと、怖いと思う気持ちに寄り添うことしかできずにいます。それが今の私の、精一杯のできることなのだとどこかで思いたくて、こうやって書いているのかもしれません。

 

とりとめのない文章になりましたが、今日は終わり。

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