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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

マイナンバー通知書の紛失とリカバリーのこと


通知書が、ない。

子供の関係で役所に書類を定期的に出しているんですが、少し前にその様式がかわったらしく、マイナンバーを記入する欄が新しく設けられていました。

 

申請書類を書き直さねばと思ってふと、気づいたんです。

マイナンバーの通知書が無いことに。

 

届いた時には確かに「大事なものだから」と「自分の中で大事なものを入れるならここらへん」コーナーに入れた気はするんです。

でもそこを開けても入ってない。

 

かなりパニクって、あたふたして、どうしようもう申請できないのかなぁ…って不安のなか、でも期限は来ちゃうし、もう知らん、なるようになるさ、と役所の窓口に向かいました。

 

助けて!窓口の人!

元々自尊心が大変に低い自覚がある私は、役所とかそういう窓口系の所に電話したり行ったりするときは意図的にスイッチを入れます。そうしないと「わからないことを人にたずねる」ことすらハードルが高いから。

(そんなこともわからないの?)と言われてしまうような、思われてしまうような気がして怖い自分に、「そんなこともわからない無知な一市民」のお面を被った気持ちで向かいます。情けないですが。

 

窓口のお姉さんはとても優しく対応してくれました。

マイナンバーの通知書が見当たらなくて番号が書けなかったんです…」

と正直に話すと

「大丈夫ですよ、もし必要なときはこちらで対応しますから」

と笑顔で書類を受け取ってもらえて、とりあえずその日は安堵のなか帰宅。

 

でもこのまま番号がわからないままでいいわけないよね…と思ってネットで色々と調べていたら色んな方法があるっぽい。

自治体によっても違うだろうから、と思い切って直接電話で聴くことにしました。

 

教えて!役所の人!

役所の代表電話にかけて、マイナンバー通知書の紛失のことで…というと担当部署に繋いでくれました。

たぶん無くしたという問い合せはしょっちゅうくるんでしょうね。とても慣れた調子で対策をいくつか教えてくれました。

自治体によっても違うかもしれなしい、情報として古かったり間違っていたりしてもいけないのでここで詳細は書きませんが、もし知りたい方はネットで調べたり直接問い合わせたりしたらどうかなと思います。

 

私が教えてもらったのは3つくらいの方法で、それぞれかかる金額や手元に届く期間に違いがありました。

私はその中で、とりあえず番号だけ確実にわかる一番安価な方法で番号の確認出来る書類を手に入れました。(かかった経費は数百円だったと思います)

 

忘れもの無くしものの多い人生

注意欠陥の自覚のある私はこれまでの人生で何度も大切な物や貴重な物も含めて、たくさんの物を無くしたり壊したり忘れたりしてきました。

 

みんなできているのに自分ができないのは努力が足りないからか、工夫が足りないからか、とにかくなんとかして人と同じように無くさないよう、忘れないようにならないといけない、そういう人間にならないといけない、と必死でした。

 

でもそうやって自分をすり減らし、自分で自分の自尊心を低くし、周りにも迷惑をかけ、心が何度折れても、できないものはやっぱりできません。当たり前です、そういう特性を持ってるんだもんね。忘れないなくさない人には、やっぱりなれない。

 

いくつもの方法のなかの、リカバリー

診断を受けて支援を受けること、投薬でコントロールすること、いろんな、自分の「できない」をカバーしていく方法のなかのひとつに、リカバリー(回復・復旧)すればいい、っていうのがあるのかな、と最近は考えています。

 

無くしてしまったマイナンバー通知書はもう見つかるまで手元には戻って来ないけれど、いくらかの経費と手間をかければ「マイナンバーを把握する」という本来の目的は維持できる。

 

この現状を

マイナンバー通知書を無くしてしまった

という記憶で留めるか

・再度取得できてなんとかリカバリーできた

という記憶に持っていくか

それだけでも生きづらさはかなり変わるような気がする。

 

アホみたいな話かもしれないけど、そんな風に些細な所で自分を追い込んで自分で傷つけてきてしまってたのが、これまでの私なんだろうなと思う。

 

無くしても、忘れても、リカバリーする能力があれば社会の中で生きていくのは随分楽になるんじゃないか、と思うのです。

 

リカバリーの経費はメガネ代みたいなもの

原状復帰させるためには経費が伴うことも多い、それが悲しい現実です。

再発行の手数料や複数購入の経費というお金の問題もだし、問い合わせの手間や時間など労力の問題もあります。

 

それを理由に余分に叱られることもよくあります、もったいないって。

 

わかります、そんな経費も手間もかけずに「無くさない意識を持つ」だけで達成できるのがベストなことはわかるんです。

 

でもそれは、視力に問題の無い人にはメガネ代がかからないのと同じじゃないかな、とも思うのです。

 

視力に問題があればそのままでは困難が伴います。

病院で検査したり、診断書をとったり、メガネ屋さんで注文したり微調整したり、時間もお金もかけて「見える」を手に入れなければならない。

 

私がリカバリーのために経費や時間を必要とするのも、それと同じ。

能力的に欠けた部分があるんだから、そこを補うためにはそれなりの資源が必要になるのだろうと思うのです。

 

リカバリーの、その次の課題

リカバリーできる、よかったよかった、と思う自分もいるのだけど、もう一人の自分が横から声をかけます。

 

「そうやって安心してるかもしれないけど、でもそれでも周りには迷惑かけてるんだよ」

 

そうなんです。

私の何でも忘れやすい、なくしやすい、という特性で家族にはこれまで多大な迷惑をかけてきました。

周囲にも、会う約束を忘れたり、必要書類を無くしてしまったりで謝り倒してきた人生でした。それは、恐らくこれからもそう変わりません。

 

最近ではアプリを使って管理したり、私の特性を知る友人が定期的に「○○は○日だよ〜」と連絡をくれたり、幼稚園のママ友さんが「明日はお弁当だよ」って教えてくれたり、子供が「今日のお迎えの時間はいつもと違うからね、間違えないでね」と念を押してくれたりと、自分での工夫と理解あるサポートを受けてなんとか生活していけています。

 

「私は注意欠陥の特性があるのだからこの環境になるのも仕方ない」と自分に言い聞かせているんですね。

そうしないと「まともにできないダメな自分だからこうなってしまうんだ」と自分を責めてしまうから。そうやって責めてしまったら生きるのが辛いから。

 

でも、開き直って「特性のある自分はこの生活をできるのは当然、周囲もやってくれて当然」と思うことは、それはなんか違う、と思う。

 

「自分を責める」ことと「自分が周りに与えるマイナス面を意識しながら生活する」こととの違いが自分の中でもっとクリアに、整理されていく必要があるんじゃないか、と今考えているところです。

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