スズコ、考える。

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ワガママと発達障害の境界線 〜NHKあさイチを見て考えたこと〜


久しぶりの更新です、定期的に書けないですね、相変わらずですね。

 

NHKあさイチ」の発達障害特集

今朝、何気なく連ドラを観た流れでテレビをつけたままにしてたらあさイチ発達障害の特集だったので見入ってしまいました。

 

ちょうど夏休みで子供たちもいて一緒に見ましたが、取り上げられていた6年生の女の子の宿題をやりたがらない様子は次男によく似ているところもあり、本人も「僕みたいだなぁ」と苦笑いしていました。

 

発達障害のある子のパニックの様子や家庭でのお母さんの尽力、お父さんの複雑な心境など、当事者家族としては色々と共感のできる内容も多く、こうやってまた周知に一役をかってもらえるのかなと心強くも思いました。

 

印象に残った井上先生の言葉

番組の中で特に印象に残ったのが、鳥取大学井上雅彦先生のコメントでした。

当事者の父親も語っていた「ワガママと障害の境界線がわからない」というお話について

「ワガママと発達障害の線引きはどこかということに目を向けるより、どうやって工夫すればこの子供の努力が報われるのか、周りがどういうふうに対応したり工夫するのかという方向に目を向けるほうがいい」

と説明をされていました。

 

親としても「それはワガママだ」と一蹴して叱ってしまいたい気持ちになることもあるけれど、これは障害ゆえだからとグッと飲み込むことも多々。そうやって当事者である次男と接していると、普段きょうだいの中の他の子にいかに手を抜いて接しているかを痛感することもある。

 

そんな経験をしていると、井上先生の言葉は本当に重いのです。

発達障害の専門家ではないただの素人の親が、この子のこれはワガママだ、これは発達障害の特性だ、と線を引いて判断し、対応を変えることは子供にとってのメリットはまるでない、自分が手を抜くための言い訳でしかないのかもしれないとすら。

 

どちらなのかを判断するのではなく、どれもその子の努力をどうやって報われるようにしてやれるかと思って接する、発達障害の診断有る無しに関わらず大事なことだなぁと改めて思うと同時に、そんな余裕を生活の中に持つことの大切さもまた、痛感してしまいました。

 

線引きを意識しないというハックの是と非

井上先生のコメントは、発達障害のある子と日常的に接する大人、多数の子供たちと接する機会のある大人にとっては非常に大事な意味を持つ言葉だと思います。

 

自分で判断するのではなく、ワガママの発露にその子の抱える問題を考える。

大事に大事に寄り添っていく、必要なことは何かを考える。

 

その、接し方のためのハックとしての考え方なのかな、と思う。

 

と敢えて書いたのは、この線引きの話が「好き嫌いと味覚や聴覚など過敏との境界線」についても同じことが言えるなと思ったから。

 

「あなたの好き嫌いはワガママだから頑張って食べなさい、診断の降りている子は障害だから食べなくていいですよ」っていう指導に私はそれ違うんじゃない?と思っていたんですね。

どっちも不快さを本人が感じているんだからそれなりの配慮を必要としていると思っていいんじゃないの?って。

 

でもこの視点を「発達障害という概念」について語るときに持ち出すのは注意が必要だと思うのです。

 

それは、「地続きだと語ってしまうことで辛さがぼやけてしまう」可能性があるから。

 

「程度」と「頻度」の先にある、刺さるような辛さ

以前、発達障害のある成人当事者の友人と好き嫌いと過敏についての話をしているときに私がこの、ワガママとの境は意識しなくていいんじゃないか、という発言をしたことがあります。

彼女は自分の正直な気持ちとして「自分の刺さるような辛さをぼやかされたくない」と語ってくれました。

 

NHKの特集の中でも、発達障害の特徴として「忘れ物をしやすい」など複数の項目を挙げ、さらにそれについて誰にでも多少はあるようなそれらの困難が「程度」や「頻度」が度を越すことで社会生活上の困難をきたすような状況が生じる、というお話があっていました。

 

友人も、聴覚の過敏で人混みなど音の多いところでは実際に痛覚が刺激され刺さるような痛み、辛さを感じていると話してくれました。投薬などで調整して今はなんとか街にも出ることができている、その自分の辛さを「ちょっとしんどい」程度のところと地続きで語ることでぼやかされてしまうのはなかったことにされているようで辛い、と。

 

自分の至らなさを痛感した会話でした。

 

それから今日まで、地続きなのか、そうではないのか、について悶々と考えてきたように思います。そしてその答えが、井上先生のコメントを受けて自分の中で出た、と感じています。

 

ハックと概念の違い

「ワガママと発達障害の特性ゆえの行動について、保護者や支援者がその線引きを意識するのではなくどれも「当人の努力が形になるためにどんな工夫が必要なのか」と寄り添ってあげることが大事」

これは、発達障害当事者(に限らず指導や支援として複数の人)に接する時のノウハウ、ハック、方法論なのだろうと思うのです。

 

そして、

「好き嫌いやワガママと、支援や医療のサポートが必要となる困難の間には程度や頻度の大きな差があり、ひとくくりにしたり自分の感覚ではかったりしてはいけない」

これは、発達障害という概念を社会という大きなくくりの中で理解してもらう中で周知が必要なことなのではないかと。

 

この違いが自分の中で明確になって、なんだかスッキリしたのを書き残したかったのです。

 

おわりに

この違いについての視点は、あくまでも今の段階の自分の中で出た答えにすぎません。

これから先もたくさんの人に出会いお話を聞いたりしながら、また自分の考えや物の見方が変わっていくんだろうなとも思っています。

 

 

今日の特集のように、年間を通してあさイチなど視聴率の高そうな番組で発達障害のことを取り上げていってもらうこと、そうやって周知に繋がったり、番組を契機にいろんな人の声がネット上で上がってくること、そうやって少しずつ当事者の必要な支援が受けやすくなっていくことを期待しています。

 

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