スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

【保存版】夏休みの宿題に立ち向かうための保護者心得まとめ(前編)

こんにちは、いよいよ来ましたねえ、夏休み。

 

我が家の三男坊の宿題の整理を早速済ませ、今朝こんなツイートをいたしましたの。

 

ここから始まる宿題ノウハウ、「ブログにまとめてもらえたら」とフォロワーさんからありがたいリクエストをいただいたので忘れないうちにまとめておこうと思います。

 

本編に入る前に。

ここで書いている宿題ハック、現在高校生になった発達障害のある次男くんをはじめとしてアホ息子たちや時々間が抜けて大ポカをやらかす娘の対応や、周りの父さん母さんたちとのやりとりの中で培ってきたなかで培ってきた「やってよかった」や「やらなきゃよかった」「意識しておけばよかった」等々、苦い経験や失敗の積み重ねから編み出されたものたちです。

「失敗を重ねた俺たちの屍の上を超えていけ」的内容であることをご理解いただきました上で、本編をお楽しみくださいませ。

 

 ①宿題を一ヶ所にまとめよう

まずこれ、まず何よりもこれ、っていうのが「宿題を一ヶ所にまとめる」ことですね。

我が家では今年度三男には連絡袋タイプのジッパーケースを使うことにしました。

こういうやつね。

 

もらってきている宿題関係のものをとりあえず引っ張り出す。

大抵の先生は「夏休みの宿題」っていうリストを1枚のプリントにしてくれていると思うから、それを見ながら本人とひとつずつ確認するといいと思います。

 

ひとまとめにするグッズとしては連絡袋タイプのジッパーケース以外だと…

  • 卓上タイプのトレーケース(持ち歩くことがないならおすすめ)
  • お道具箱(室内移動があるならこれが無くしにくい)
  • 持ち歩ける書類ケース(移動前提ならこれも便利)

あたりもおすすめです。

 

フタがあった方がいいか、開け閉めの手間が本人にとってどうか、など、お子さんの暮らし方や使いやすさに合わせて試してみると良いと思います。

上記は見本としてAmazonのリンクを貼りましたが、どれも百均で手に入ります。

いろいろ買ってみて試すのも良いと思います。

 

ここで気をつけた方が良いのは「無くさない」ことと「お子さんのとりかかりのハードルをなるべく上げない」ことです。

 

パチンと止める手間ひとつがネックになってやる気を削ぐことにもなりかねないんですよね、すごい些細なことなんですが。

道具を選ぶときはできるだけ行動を取るためのひっかかりが少ないものを選ぶのがベターです。

 

難しいのが、個人差がとても大きいこと。お母さんにとって使いやすくてもお子さんにとってはそうでもない、っていうこともよくあります。

お子さんに使わせてみて様子を見たり、感想を聞いたりして、なるべくひっかかりが少ない道具にしておくのをお勧めします。

 

私はなるべく透明なケースの方が中が見えて扱いやすいんじゃないかなとは思いますが、好きな色の方がテンション上がるとか、見えない方がハードルが低いとか、お子さんやおうちによっていろいろだと思うのでどんなケースがいいのか、も暮らしを見直しながら検討すると良いと思います。

 

②チェックリストを見やすいところに

宿題に関するものをひとまとめにしたら、チェックリストを用意しましょう。

学校からもらってきている一覧表でもいいし、子供に書き直してもらっても、おうちの方が書いてもいいと思います。

 

それを、なるべく目につくところに貼ります。

 

封筒やジッパーケース、箱を使うなら表の見えるところに貼るのがベスト。

貼り付けるときはクリアファイルに入れてから貼ったり、4辺をマステでピッタリ貼るなど、子供が持ち運ぶときに汚したり破れたりしないような対策も必要に応じて。

 

お子さんによってはこのリストに期限を書き込んだり、細分化した目標を書いたりするのも良いと思います(これは別段落で詳しく書きますね)

 

ケースが貼れない素材の時やお子さんによっては、厚紙に貼り付けて一緒に入れるのも良いと思います。

 

③もしものときの対策も最初のうちに!

コピーできるものは複製しておく

学校作成のプリントに書き込むタイプの宿題があったら、原本をコピーしておくことをお勧めします。

紛失だけでなく、ケースに入れている間の破損や水濡れ、失敗して書き直す時にも助かります。

 

市販のものは買える場所を確認しておく

原稿用紙や画用紙など、支給された市販品は早い段階で「同じものを購入できるか」を確認しておくと良いと思います。

 

預かるのが多分一番安全…

破損時にリカバリーが必要そうな用紙はあらかじめ預かっておく、というのが多分一番安全。でも同じ場所に入れておくならクリアファイルに挟んでおくだけでも生存率が上がると思います…

 

④宿題の進め方編

保管した宿題をどう進めていくか、というのも悩ましいところですよね。

これもお子さんによって会う方法合わない方法があると思うので、夏休みをどんなやり方がお子さんに合うかを一緒に見極めていける時間にするのも良いのではないかな、と思います。

ここでは2つのやり方を紹介します。

が、多分「宿題をまとめておかないと無くす」タイプのお子さんに関しては2つめがお勧めだろうな…と思います…。

 

1、総ページ日割り法

漢字20ページを40日で割って1日半ページ、とか、50ページを25日で1日2ページ、とか、宿題をやれる日数で全体のボリュームを割る、という手法です。

 

一見わかりやすいやり方なのでこれを試してみるおうちも多いと思います。

コツコツこなしていけるタイプのお子さんにははまると思いますが、我が家でも何度か挑戦しましたが、まぁあまりうまくいった試しはありませんでした…涙

 

宿題を無くさない方法を必要としているお子さんにはあまり効果ができないやり方だと思われます…

 

2、猪突猛進型にお勧めなやり方

とにかくやれる時にやれるだけやる、というタイプですね。

ADHDの特性があるとこのやり方がハマることもあるかなぁという感じです。

ただ、「スイッチが夏休み中に入るとは限らない」というメガトン級の落とし穴が潜んでいる、リスキーな手法でもあります。

 

このやり方のもうひとつのリスクは「ギリギリで間に合ってしまうという成功体験を積んでしまう可能性がある」ということです。これ、実は次男くんの失敗です…

過去に夏休みギリギリでやり遂げてしまったことがあるので、学年が上がってだんだんボリュームが増え難易度が上がっていっても頭のどこかでそのときの成功体験がよぎってしまうんですよね。

Twitterをやっているとこのタイプで乗り切ってきた、という自覚のある成人もたくさんいらっしゃるんですが、残念ながら我々が学生時代を過ごした頃よりも今の方が課題の量がはるかに多く、また未提出のリスクがかなり上がっているのでこのやり方を身につけてしまうのはお勧めできません。

(事実、次男が今、高校でめっちゃ困ってます…)

 

このような理由から、この方法を保護者として推すのはお勧めできません…

じゃあこのタイプにはどんなやり方がいいかな、って考えた時におすすめできるのが「スモールステップでご褒美をぶら下げて前倒しでコンスタントに進める」というやり方です。

 

後回しにするとまず詰むので、夏休みスタートと同時に「毎日同じ時間に机に着く」をルーティンにするのも良いと思います。

毎日一定時間、とにかく机について何かを広げる。

「その日の目標」を自分で設定して(ここ大事)そこまでいったらこれを食べる、などのご褒美を設定するとモチベーションを維持しやすくなりますね。

ここで大事なのは目標を子供が自分で決めることと、その目標を高く設定しすぎないことです。

最初は「この1ページ終わったら」とかの低い低い水準でもいいと思います。

とにかく「目標を決めてそれができた」「ご褒美」を繰り返すこと。

 

「たったこれだけしか仕上がってない!」「このペースじゃ間に合わない!」

っていう焦りが出るかもしれませんが、調子が上がったら一気に進む日もあるかもしれないので気長に様子を見る忍耐力が求められます、親に。

 

ただ、このやり方だとペース配分を間違えると後半苦しくなる可能性もあるので、5日とか1週間とかのスパンでどこまでいってるか一緒に確認する日を設けておくと良いと思います。進み具合を確認して、これまでのペースでいいのか、ちょっと頑張らないといけないのか、を本人がわかるようにしておくと安心だと思います。

 

「前半で終わってしまうと後が楽だよ!」という旨みをチラつかせるのもアリです。

 

最終的に終わらないといけない期日をチェックリストに書いて意識できるようにしておいたり、それより少し前に完了目標日を設定して「できたら大きめのご褒美」というのもいいと思う。

 

視覚優位のお子さんにはカレンダーを使って進度の目標設定をするのも有効だと思います。前日までに終わった割合を計算して「進捗状況何パーセント!」とかカレンダーに大袈裟に書いていくのもモチベーションを上げる効果があるかもです。

 

3、筆記用具を準備しておく!

無くしものをしやすいお子さんの場合、いざ宿題に取り掛かろう、という段階で「筆箱がない!」からの筆箱を探して〜うろうろして〜という状況、想像できたりしませんか?

想像できたおうちの方はぜひ、宿題ケースの中に「シャーペンと消しゴム」だけでも入れておくのをお勧めします。(定規やコンパスもあるとなお良いかも)

 

低学年だと鉛筆で、っていう感覚かもしれませんが、コクヨの鉛筆シャープや0.9mmの芯のものなどだと書いた感じは鉛筆とほぼ変わりません。

クリップがついたタイプのシャープペンシルだとやりかけのところに引っ掛けておけば無くしにくいし、シオリ代わりにも使えて便利です。鉛筆より無くしにくい。

 

筆箱を探して、開けて、出して、という手間や、持て余して筆箱をいじって遊んだりするのを防ぐためにも「宿題用筆記用具」をセットにしておくことをお勧めします。

これは低学年にお勧め。2Bの鉛筆で書くのとほぼ同じ仕上がりになるよ。

 

中〜高学年だとこっちかな、0.7〜0.9mmだと細すぎず枠にちょうどいい太さの字が書けると思います。高校生の次男も0.5mmより書きやすい、と太めを使っています。

 

4、ながら学習を考える

スマホタブレットをお使いのお子さんだと「動画を流しながら」宿題をしようとするケースがあるかもしれません。

学校やPTA関係からは眉をひそめられそうな「ながら学習」で、親としてはつい咎めたい気持ちになりがちじゃないかなぁと思います。

 

ただ、お子さんによってはこれを禁止するリスクが生じる可能性も考えておいた方がいいかな、と思うので掘り下げてみましょうね。

 

何かをしながらではなく集中して学習に挑めるのが学習効果を得やすい、理想的な方法であることは否めません。でも、ここで大事にしたいのは「それで本人の負荷が爆上がりするならお勧めできない」ということなんですよね。

 

気の散りやすいタイプのお子さんにとって、学校と言う環境の中での学習と、夏休みの自宅という環境だと、前者の方が圧倒的に学習効果が上がるのは想像に難くないですよね。

 

漫然と続く長期休暇、学校と違って家族がウロウロしてたり、生活音が聞こえたりする環境の中で「学校と同じように集中して学習する」ことがすでに彼らにとってはものすごく高いハードルだったりすることもあります。

そんな中で、宿題を片付けないといけない。

 

なるべく静かで集中しやすい環境を整えてあげる、というのももちろん大事ですが、別の方向として「適度に気を紛らわしながら学習に取り組む」という解決法もひとつかなぁと思ったりしています。

 

「動画を流しながら」「音楽を流しながら」「誰かと話しながら」

など、周囲と柔らかく繋がる適度な刺激を受けながらの方が学習時間を長く継続できるタイプのお子さんもいるんですよね(うちにもいます)。

 

スマホを持っていて将来的に中高生になっていく中で「スマホで何か聴きながら宿題をやる」「友達と通話しながら課題に取り組む(さぎょいぷ)」という方向にシフトしていく子も多くいますから、どうせそこに行き着くのに小学校の段階で躍起になって禁止しても仕方ない、という見方もできます。

 

また、強制的に取り上げて勉強させることで自宅学習へのハードルが爆上がりして嫌悪につながるリスクも高まる可能性があります。(これも次男くんの失敗からの学びのひとつです…)

 

端末を利用するのが抵抗があるなら、おうちの方が食卓のはす向かいに座って何か書き物をしつつ時折おしゃべりをしながら宿題に取り組む、というのもありだと思います。

 

本人がその方が良さそうなら「ながら学習」をとりあえずやってみて、どんなやり方が合うかを検討する時間として夏休みを使うのも良いんじゃないかな〜と思ったりします。

 

例えば動画を流しててついそっちを見て手を止めて進まなくなってしまうなら、そのやり方はよくないですよね。

短いスパンで様子を見ながら、どのやり方だったらスムーズに宿題が進むかを試してみるのも良いのではないかな、と思います。

 

長くなったのでとりあえず一旦ここで切りましょうね。

後編では質問をいただいた工作や感想文などワーク系以外の宿題への取り組み方や、相互さんから教えてもらった新学期を安全に迎える対策についてまとめようともいます。

 

後編はこちら。

suminotiger.hatenadiary.jp

 

リンクを貼っていたグッズ、楽天で見つけたものをROOMにまとめてみましたのでよかたらご参考までに〜。

room.rakuten.co.jp

ご飯作りを極限まで手抜きするために私がやっていること、というお話。

ご無沙汰しておりますスズコです。

日中の仕事時間の半分くらいを子供達それぞれの対応に追われ、土日はその穴埋めに追われ、という日々が続いておりますが手を抜き抜きなんとか生きてます。

 

私が手をかけ時間をかけたことがやっと実を結びつつあるような成果が上がり大喜びしたかと思ったら、一本の電話や一通のおたよりでまたどん底に落ちて這いあがろうとする、そんな山と谷を行ったり来たりしているようなここ1〜2ヶ月です。

 

さて、今日筆を取ったのは今朝早くに盟友とけいまわりさんのこんなツイートを目にしたから。

 

質問の本旨は「専業主婦は週1回お惣菜を使ってもいいものか」なのかもしれないのですが、私は別の視点からのお返事をおくらせていただきました。(その辺はTwitterを後らにただければ)

 

それを書きながら、「そうか、この数ヶ月、ご飯作りですごい手抜きのための尽力をしてきたなぁ」と思い返したりし、あぁこれは書き残しておこうかなぁと思った次第です。

自分の家事負担を見直さねば、と痛感したきっかけは「スマホレンチン事件」なんですよね。

suminotiger.hatenadiary.jp(一連の顛末はこちらを…)

 

あれがあったから、自分のキャパ超えのヤバさを痛感したし、家族もそれを目の当たりにして考えてくれるようになった。

そこから、新年度になってからの子供たちのケアのために負担が増えてしまう自分のためにタスクの整理が必要だと思うに至った感じですね。

それまでも抜ける手は相当抜いてきてるのですが、食事作りはなかなか手付かずだったので、えいやとテコ入れをした次第です。

 

というわけで、スズコ43歳の手抜きごはん道です。

 

 

キモは「決める」を減らすこと

自分のしんどさを振り返って「何が一番しんどいのか」と考えたときにみえてきたのが「決める」ことへの負担だったんですよね。

「決める」を先延ばしにしてしまってなんとなく時間を過ごし、夕方が近づいてきた時に「何しよう?」ってなってた。

冷蔵庫の中のものだけでは決めきれずになんとなく買い物に行ってしまって、そこでまた何を買おうか迷ってしまって、ズルズル時間も過ぎてしまう。

 

時間がずれ込んでしまうので夕食作りにも余裕がなくなってバタバタしてしまう…

 

という悪循環に陥っていたように思います。

 

「決める」を最小限に抑えるために考えたのが

  1. 曜日ごとの献立の(大まかな)固定
  2. 1汁2〜3菜の固定
  3. 午前中の時点で献立を決めておく

の3点でした。

 

①曜日ごとの献立の(大まかな)固定

子供たちの習い事や私の帰宅時間の兼ね合いなどを参考に、平日5日の献立をざっくりと固定することにしました。

 

例えば

 

月曜:肉の日

火曜:テイクアウトの日

水曜:麺類の日

木曜:魚の日

金曜:カレーの日

 

こんな感じ。

 

当初火曜日は習い事が複数詰まっていたので無理をしないと決め、当時コロナ禍でテイクアウトを始めたお店が増えていたので予算を決めて日中注文し、夕方取りに行くというルーティンにしていました。

 

これは最初の案なので、ここから子供たちの時間の変動や私の都合、やってみてしっくり来なかったりした部分を見直して今に至っています。

 

具体的には、夫や上の子の食事の時間が遅くなることがあって麺類メインの晩ごはんが用意しづらかったので水曜の麺類の日は消滅し、また火曜も習い事の予定がかわって余裕ができたので、経費削減のために何かしら作る日に変えました。

 

また、毎週カレーだと飽きが出てきたので、シチューやハヤシライスに転用する日も作り「なんか煮込んでご飯にかけたりして食べられるものの日」になりつつあります。

(ここで大同電鍋が大活躍していますがそれはまた後ほど…)

 

献立を固定してしまうことで買い物の時も何を買うかを絞って計画が立てられるので無駄な出費も減らせてる感じですね。

色々食べたくなっちゃう気持ちとか、家族の気持ちとか色々気になるところがないわけではないんですが、そういうのは「休日にリカバリーする」と思ってやってます。

ここしばらくは休日もその余裕がない感じになることも多いですが…

(その時はお惣菜とかレトルトとかに逃げてます。便利な世の中万歳)

 

②1汁2〜3菜の固定

とにかく汁物が何かあればそれっぽい食卓になるし、土井先生も一汁一菜でいいって言ってるし!

 とはいえ成長期の子の中にアレルギー持ちも入っている我が家では一菜というわけにはいかないなぁというわけで、最低2つ、頑張れたら3つ、という目標を立てました。

 

一汁の「汁物」はほとんど味噌汁です。

我が家では大同電鍋を使って多めに作って翌日の朝ごはんにも出してます。

 

基本は豆腐と乾燥野菜です。

room.rakuten.co.jp

このコレクションの中に入れてる乾燥野菜あれこれをお買い物マラソンのたびに買い足しています。

 

お味噌も元気がある時は味噌こしを使うこともあるけど、冷蔵庫にはだしパックに1回分のお味噌を入れたものと液体味噌、レトルト味噌汁も常備してます。

ヨレヨレ度合いに合わせて

味噌漉しを使う>出汁パックに入れた味噌を使う>液体味噌>レトルト味噌汁

と使い分けられるようにしています。

余力がある時は冷蔵庫の野菜を使ったり、肉と野菜を足して豚汁にしたり、という応用にする時もあります。

 

ちなみに今朝は昨夜の残り味噌汁がなかったのですがだいぶヨレヨレだったので、電鍋に豆腐と野菜入りの水をセットし、火が通った後で液体味噌をダバダバ入れて溶きました。

 

味噌汁以外ではトマトスープなど洋風のスープ類、かきたま汁、すまし汁、茶碗蒸しなどに変えることもあります。

変える決め手は「自分の余力」です。

考える余裕がなかったら味噌汁一択です。

どんなおかずでも提供できる味噌汁、乾燥野菜をダバダバ入れてしまえば野菜もとれる味噌汁。

 

味噌汁素晴らしい…

 

(あ、余力がある時には有賀先生の豚汁の本やスープの本もおすすめですよ〜)

 

汁物が決まればあとは何かおかずを用意する「だけ」です。

肉を焼く、魚を焼く、冷凍の餃子を焼く、とかの簡単なものでいいと思うの。

 

電鍋で味噌汁作る上でもやしと冷凍の鶏肉を蒸し、それをドレッシングで和えたらもうそれで一品できる。

(ほうら、電鍋欲しくなってきたでしょう…)

蒸した野菜も立派な一品だし、ちぎったレタスにトマトを切って乗せても立派な一品。

余裕がある日はその上にツナ缶乗せたり、ゆで卵乗せたりしちゃえばいい。

 

この辺の「手軽にとりあえずドーンと出せる食べ物を作るハック」がすごいのはやっぱりぶたやまさん。

ぶたやまライスやぎゅうぎゅう蒸し…

そうそう、ぎゅうぎゅう、といえば村井さんの「ぎゅうぎゅう焼き」も忘れちゃいけない。

ぎゅうぎゅう焼きは子供と一緒に作れるし、オーブンに入れている間に別の家事もできるし。ほったらかせる!という意味では電鍋と同じメリットがあるオーブンは我が家でもよく使っています。

 

手羽先や切り身のお魚をオーブンで焼きながら、電鍋の二段調理で味噌汁ともう一品セットしてしまったら、なんと「一汁二菜」がほっといたら仕上がってしまう、その間に洗濯物を取り込むことも、子供の宿題をダイニングテーブルで見てあげることもできてしまう、アメイジング!(ね、電鍋ほしくなってきたでしょう)

 

カレーの日は「カレーしか作らない!」

お肉の日は「お肉をなんか焼くのと味噌汁ともう一品しか作らない!」

 

「これ以上作らない」を決めてしまって私はすごく楽になってね、逆に余裕ができたからついでにもう一品…なんていう本末が転倒しちゃうこともあるくらい。それもまた良き。

 

③午前中の時点までに献立を決めておく

私が一番楽なのが、実はこれです。

夕方になって「今日何にしよう」が決められない。

当たり前っちゃあ当たり前なんですよね。夕方、1日の疲れが出る頃だから。

 

思い返してください、小さい子、日中は元気なのに夕方から急に熱出したりしますよね。それは体力を消耗して疲れてるから、とお医者さんに言われたことあるけど大人も同じ。

朝から頑張って動いてたら夕方には当然体も頭も疲れちゃう。

そんな疲れた脳みそに、苦手な「晩ごはんの献立を決める」というタスクを要求したらバグりやすいのは当たり前なんですよね。

 

だから、決めないといけないことは前日の夜から午前中のうちに決めちゃっておく。

 

献立はあらかた固定しているから、あとは冷蔵庫冷凍庫の中身と相談して「あれとこれを作る、あと味噌汁」と決めとく。

下準備ができることがあれば前日夜か朝のうちにやっとく。

 

下準備をやっちゃうのはその方が作業が早いからでもあるけど、後戻りしないぞという決意でもある。その日の気分に引きずられてつい迷っちゃうからね。

 

 

おわりに

ここまでビシッと「決める」を減らしていくとね、買い物もすごく楽になってきたのね。

使う調味料も限られてくるし、使う肉や魚の量も固定されてくるし。

 

お味噌汁の段階分けみたいに、最低限を決めておくことで「余裕があれば応用を効かせればいい」という積み重ね式の対応ができるようになる。

鶏肉をただ焼くだけでも1品になるし、余裕があればトマト缶で煮込んでもいいし、牛乳で煮てもいい。

ただの焼き魚でもいいし、余裕があればフライにしてもいい。

 

カレーの日もヨレヨレならカレーだけ(前夜か朝、電鍋でルーを入れる前まで仕込んでおくとすごい楽)でいいし、お財布の余裕があればお肉屋さんでトンカツ買って帰ってもいい、体力的に余裕があればゆで卵や目玉焼きを乗せてもいい。

 

味噌汁と焼いた鶏肉とちぎったレタスでも十分立派な晩ごはんだよね、あぁこういう「最低限これでいいんだよ」という考え方は土井先生もだけど、藤井恵先生のワンパターン弁当の本で刺激を受けたことも影響が大きいと思う。

 

ハレの日とケの日、と昔の人は言ったけれど、毎日のご飯は「ケの日のご飯」。

「最低限」でいいと思うの。

余裕があったらちょっと足せばいい。

 

その「我が家の最低限」をあらかじめ決めてしまうこと。

それが私にとっての最大の手抜きであり、またキャパの狭い自分を守るために必要なことなんだろうなぁと思ってます。

 

おまけ

ここまで読んできてくれた気長なあなた、ね、電鍋ほしくなってきたでしょう?

ってことで私の楽天Roomのリンク、貼っとくね。

room.rakuten.co.jp

いや、ほんと、もう電鍋なしでのご飯作りは考えられない。

多分おばあちゃんになっても死ぬまで使うだろうなぁと本気で思ってる、それが私にとっての電鍋です。

 

電鍋への愛情を記したエントリはこちらです。

suminotiger.hatenadiary.jp

そこにある理由が見えるか、見えないか、という話

ごきげんよう皆様。

 

私のこれまでの育児の中でも最大級かつ迅速な対応が必要な事案に遭遇してしまって、詳細は書けないのだけど全力を傾けねばならない対応に奔走しているここ1〜2週間。

 

お話をいただいて本当に嬉しくて原稿を用意していた今週末の「なないろのハーフトーン」さんのオンライン座談会への登壇もこんな状況では、と辞退させていただいたのだけれど、こちらの身勝手な理由なのにとても心配してくれたあんずちゃんをはじめとしたなないろの運営の皆さんには本当に足を向けては寝られない気持ちです。

 

ヨレヨレになりながら対応を続ける日々の中で、私や子供のことを心配してくれるTwitterの盟友、「美味しいもの食べて元気出して!」と甘いものを届けてくれるリアルの友人、心配して家事を今まで以上に手伝ってくれるようになった夫や子供たち…

 

状況改善のために迅速に対応してくれた先生方、相談に乗ってくださっている病院の先生やスクールカウンセラーさんたち。

「助けて!」と声を上げた私たち親子のためにいろんな人たちが動いてくれていて、本当にありがたさを噛み締めているような、そんな毎日です。

 

ブログもしばらく書けないかなぁと思っていたのですが、今朝何気なく目にした作家岸田奈美さんのお母様のツイートから色々と考えたことを書いておきたくなったので筆を取りました。

 

左右に寄せてくれている車とその理由

 

目にしたのはこのツイートです。

添えられている画像には中央に岸田ひろ実さんの愛車が写っているので、この写真とツイートの内容から、岸田さんの車の運転席のドアを開けるために左右の車がそのスペースを取れるよう駐車しているのだな、ということがわかると思います。

 

些細な心遣いがとてもありがたいという岸田さんのツイートであったかい気持ちになって朝から少し気持ちが晴れたのですが、ふと思ったんですね。

「もし岸田さんの事情を知らなかったら、どう見えるだろう」

 

岸田さんが車椅子で運転席に乗り込む、という事情を知らないままこの画像を見たら

「駐車スペースの中央に車を停めてない、車庫入れが下手な方なのかな」

と見られるかもしれないよなぁ、と思ったりしたんですね。

そこにあるあったかい理由を知らなかったらただ運転に失敗したようにも見えたりするかもしれない。でも逆に、こんな停め方をしてるってことは何か理由があるのかもな、と思うことで見方が全然違うものになったりするかもしれない。

 

我が家のわんこ餌事案

似たようなことが我が家でもあったなぁ、と思い出しました。

 

我が家に昨年やってきた保護犬出身のわんこ、実はお皿からご飯を食べられないのです。

 

引き取りを決めてからの準備のなかで、一般的な犬用の水とカリカリが入れられる金属製の食器セットを買いました。

以前飼っていた同種のわんこも愛用していたものです。

 

ケージに入れて餌と水を入れておいてあげましたが、近づきません。

 

そこからはどうやったら食べてくれるか試行錯誤の連続です。

金属製の食器だと光の反射が怖いのかもしれないと思ってプラスチック製や陶器に変えてみたり、高さがよくないのだろうかと浅いものに変えてみたり、何度も何度も形状や大きさ、色や素材を変えてみましたが、やっぱりお皿からは食べません。

 

黒くて浅いお皿に乗せたら一度食べたのでやったー!と思っていたら次の食事ではやっぱり嫌がる。

 

スプーンですくって口元に運んであげたら怖々食べてくれていたので、毎食食べさせていた時期もありました。

 

水はプラスチック製の浅いお皿に入れたら飲んでくれるようになったのですが、同じお皿に餌を入れてもやはり嫌がります。

 

 

苦肉の策として紙を敷いた上に餌を乗せたらすんなり近づいてきたので「何だかわからないけどお皿がこわいのでは」という結論に至りました。

おやつや茹でたお肉などワンコが大好きで食いつきのいい食べ物でも何かに乗っていたら怖がって近づかないので、やはり何かしら嫌な理由が彼の中にあるんだろうなと思います。

 

結局ワンコが一番安心して食べてくれるのは床にカリカリを直起きしたときだとわかり、それからはご飯を床において食後に拭き掃除をする、というやり方に落ち着いています。

 

前置きが長くなりましたが、そんな我が家の愛犬の食事風景を見かけた実家の父が

「皿に入れてやるくらいすればいいのに、かわいそうに」

と言ったんですよね。

 

私たち家族にはここに至るまでの長い長い試行錯誤の日々があったので

「あんな大変だったのに、おじいちゃん何言ってんの!」

っていう気持ちでしたが、確かにその場面だけ見たらそう見えてもおかしくないよなぁ、と思ったりもしたのです。

父には事情を説明してなるほどと納得してもらいましたが、こうやって納得するまで説明しないと理解してもらえないこともあるんだよなぁ、と切なくなったりもしたものでした。

 

そこに理由があるかないか、見えるか見えないか

多分こういうこと、日常的にあちこちで起こってるよなぁ、と思ったりもするのです。

目で見えたものからだけつい判断してしまいがちで、そして相手に相手なりの事情があることに思いが至らないこと、あるよなぁって。

 

Twitterでは日々そんな話がグルグル展開されているし、私もつい「こうすればいいのに」って思ってしまう。

 

余裕がなくなると特に、違う見方をすることがなかなかできなくなる。

 

岸田さんの画像のような車の並びを見かけたときに

「駐車下手だなぁ」と思ってしまうか、

「なにか理由があるかもしれないし」と思えるか。

 

いや、本当にただ駐車が下手な人もいるかもしれないけど、本当に犬を可愛がってなくて床にペッって餌を置いてることもあるかもしれないけど(「SPY×FAMILY」のわんこがいた施設みたいに)でも、そう見えてしまうかもしれない場面にもその向こう側にはいろんなやむを得ない事情だったり、試行錯誤の末だったり、誰かの優しい心遣いだったり、切り取られた画像だけからはわからない物語があるのかもしれないし、それに思いを馳せられる自分でありたいなぁと思ったりしている、そんな朝です。

14歳の性交同意の話から考える、思春期の子供たちのこと。

ここ最近次男の高校合理的配慮奮闘記メインになりつつあるこのブログですが、今日はちょっと違うお話を。

 

昨日かな、14歳と成人の性交同意がどうの、というのがネット上にたくさん流れてきておりまして、Twitterも大変賑わっているのを眺めていました。

 

我が家にもまさに中2の娘がおりますので、全くもって他人事ではないこの話題について、今日はちょっと考えたことを綴ってみようかと思います。

 

 

思春期の「子供」と暮らすという、とても難しい日々

我が家の子供たちはいま、高校生(2人)と中学生、小学校高学年。

思春期(定義として8歳ごろから17、18歳ごろまでを指すとされる)どっぷりど真ん中な4人と暮らしている中で、夫や関わりのある実家の家族たち、学校の先生方と彼らへの対応について考えていく中で「思春期だから」という前提条件を共有しないと話がうまく進まない、という場面に日々直面しています。

それくらい「思春期」というのは対応がとても難しい年代だなぁ、と痛感する毎日なんですよね。

 

バランスの取りづらい心、体、頭

彼らと接していて一番難しさを感じるのは、彼らの「心と体と頭」が乳幼児期、また大人のそれほど、均衡が保たれていない前提で構えねばならない、ということではないか、と考えています。

 

幼少期までに「やってはいけないこと」「やらねばならないこと」という、最低限の知識や生活習慣はすでにほぼ身についている彼ら。

ただ、小さい頃のように「言われたら動く」という行動はもう取りません。

 

しつこく親に言われて苛立つ様子は思春期の風物詩のようなものではないかなと思うのですが、頭ではわかっていても、心が伴わなければ体が動かない。

でも体が動くという表出する行動が出てこなければ結果を出せないのでさらに大人から声がかかる、わかってるのに、やろうと思ってるのに、という苛立ち。

あぁ、当時の自分を思い出して恥ずかしくて穴を掘って埋まりたくなる気持ちになってきました。

 

大きくなっていく体と、ゆっくり育っていく脳みそ

思春期の体はどんどん大きくなります。

うちの兄ふたりももうとっくに私を超え、夫の身長も越えようとしています。

小さい小さいと思っていた娘や三男も、気づけばかなり大きくなってきています。

 

彼らを観察していると、体や自我が急速に育っていくスピードと、脳みそ(とあえて大きく括りますが)の育っていくスピードに差が出ていく時期があるような気がしています。

 

高校生にもなれば見た目はすっかり大人と同等に育ってきますね。

ニキビやまだ幼い顔立ち、肌艶など大人と違うところはままありますが、姿形はもう成人のそれと遜色はなくなる子が多いなぁと思います。

 

また、コミュニケーション能力も同じく育っていくので会話も大人と話しているのと変わらない感じになっていく印象があります。この辺りは個人差が大きく出て、個々の差が開いていく時期でもあるかもしれません。

 

見た目と中身のアンバランス

見た目もやり取りの能力も大人に近くなっていく彼らと接していると、大人と暮らすのと何も変わらないような気持ちになることもあります。

そして当の彼らそのものが「自分は大人に近しい存在だ」と思っているだろうなということも感じます。

 

ただ、じっくり会話をしていくとやはり、その見解には視野の狭さや見識の浅さが垣間見えてくるのも事実です。

先の見通しが甘いことも多くあります。

でもそれを直球で注意されたり指摘されたりするとすごく嫌がる。

 

 

大人に見られたい、でも大人と同等の結果が出せなくてもそれを指摘されたくない、そんなとてもアンバランスな状態で生きている彼らとの暮らしは、わざわざ「思春期だもんねえ」と声に出さないと流せないほど、こちらの接し方が難しいなぁと思うのです。

 

どこまで見えているか、どこまでわかっているか

彼らと接する中でまず一番難しいのは、言葉を交わせる関係を築けるか、というところです。

話を十分に聞かなかったり、大人の論を押し付けたりするとまず心は開いてもらえないので会話の対象には入れません。

 

そこをクリアして彼らと会話していく中で大人が意識しないといけないのは、彼らが「どこまで見通しを立てられた上で話しているのか」という部分です。

会話の能力が大人相応にある子と話していると、ついその判断能力や見通しを立てる能力も大人と同レベルであると誤認しやすくなります。

 

そこが、落とし穴です。

 

どんなに大人と同レベルの会話に長けた子でも、やはり中学生は中学生なりの、高校生は高校生なりの脳みそしか持ちません。

その年齢までの経験しかありませんし、見通しを立てる能力も大人に比べたら劣ります。

 

うまく計画を立てられたと思って話してくれている内容が、大人から見たら穴だらけ、ということはよくあります。

 

でも、前述したようにそこを直球で指摘してもいい顔はしません。

自分では「できる」と思っているので。

 

ここで並走する大人としてできるのは「成功するよう道を整備してそこに乗せること」ではなく「バレないように失敗も想定しつつ、表向きは静かに様子を見守る」スタンスなんだろうなぁ、と思っています。

 

思春期の彼らに対して大人がとるべきスタンス、できること

ここまで整理してきた彼らの状況から、性交同意年齢について振り返ってみたいなと思います。

 

例にあがっていた14歳は法的には未成年なので、大人の庇護下に置かれるべき、守られる存在です。

法的にはその方向で議論していただいて良いのだろうと思います。

 

ただ、現実の彼らと接するときはまたちょっと違う。

14歳でも見た目が大人と変わらないくらい成長している子もいるし、性体験のある子もいるでしょう。性交の快感を知っている子がいてもおかしくはないと思います。

「子供が大人を誘うわけがない」と断定するのは危険です。その行為そのものが彼ら彼女らから表出する可能性は十分あります。

彼ら彼女らの体とコミュニケーション能力はもうその年齢では十分に、大人からそう見える行動を取ることができる程度には育っていると考えてもおかしくはないのです。

 

ここで大人が試されることになるな、と思います。

 

表出する言動を、大人のそれと同等に真っ直ぐに受け止めていい年齢ではないからです。

思春期の子供たちの見せる言動は、その全てが「未完成な人間のそれ」だということ、それを、私たち大人は絶対に忘れてはいけないと思うのです。

 

ここで間違えてはいけないのは「だから大人と同等に扱わなくていい」という話ではありません。

 

まず大前提として法のもと彼らの人権は保障されるべきであり、不当に侵害されてはいけません。

また、発言や行動の責任は法で定められている範囲内で求められるべきことです。

「子供だから大人の言うことをきけ」ではいけないし「子供だから何をしてもいい」わけでもありません。

 

そして、未熟だから丁寧に対応せず適当にあしらっていいわけでもありません。

彼らの精神を守るために、対等な人間として尊厳を傷つけないように接する必要があります。

 

ただ、その前提を守った上で「それでも未熟な言動なのだから、真っ向から受け止めてはいけない」ということを大人が理解し、彼らに適した対応をしなければならないのだろうな、と思うのです。

 

性交同意年齢についても同じです。

たとえ、本当に大人に対して性的なことを誘ってきたり、また大人の同意にのるような素振りを見せる子がいたとしても、大人と同じ世界が見えた上での言動ではないわけです。

しっかりしたことを言っていそうに見えても、14歳は14歳なりの世界しか見えていません。その狭い世界しか見えていない子供がたとえ性的な誘いを見せたとしても、大人としてあるべき対応は「そこにはどんな背景があるのか」を慮り、また保護するために自分にできることを模索することではないかと思うのです。

 

性的な誘いを真っ向から受け入れても責任を問われないのは、大人から誘われた場合だけだと私は思います。

未成年の、それもまだ義務教育下にあるような年齢の子が見せた行動を「大人のそれ」と同等に受け取るのは愚かです。これは、性的な誘いに限らず、どんな問題のあるように見える行動にも言えることです。

 

ここは、大人が絶対に忘れてはいけないことなのではないかなと思うのです。

 

おわりに

思春期の子たちは、個人差はありますがかなり一人前に大人と同等の言動を取ることができます。

高校生にもなると、社会人として求められる行動のほとんどは能力的には実行可能なのではないかなと思います。

(まぁ中卒で働く子もいるので当たり前っちゃ当たり前ですね)

 

でも、前述した思春期の期間、8歳ごろから17,18歳ごろまでの子たち、個人差も大きくありますがどんなに大人に近しい言動を見せたとしても、やはりどこか未完成です。

 

彼らの人としての尊厳を大切に守りながら、でも成人と同じ判断能力を持つわけではないということは決して忘れてはいけない。

そう思いながら今日も彼らと暮らしています。

 

余談ですが、発達障害の特性のある子たちの思春期は、定型よりの子たちのそれよりも桁違いに難しいなぁという印象があります。

具体的にいうと、前述したような心と体と頭のアンバランスさの開きがより大きい感じでしょうか。

 

この辺のこともまた、言葉にしてかけたらなぁと思ったりしております。

今日はこの辺で。

次男、高校で合理的配慮の提供を受けるまで④ 〜まだまだ山あり谷あり1学期編〜

こんにちは、歯がしみるような痛みがあったので「今度こそ早めに!」と意気込んで歯医者を予約したら歯医者さんに「知覚過敏だね」と言われたお年頃のスズコです。

 

ここ最近は毎日のように夕方、三男担任、次男担任からの着信が相次ぎ、たまに娘の担任や長男の学校アプリや部活アプリからのメッセージが立て続けに入る感じの「お母さんとしてのリソースであっぷあっぷな毎日」を送っております。

 

さて、半ば連載のようになっている次男の高校の合理的配慮について、あまり間があくと忘れてしまうので経過を記録しておこうと思います。

 

 初回はこちら

2回目

 3回目

suminotiger.hatenadiary.jp

 3回目を書いてから約半月の出来事をまとめていこうと思います。

 

 

SSWさんと面談してきました

前回の記事の中でも触れた次男の提出物の問題。

担任や特別支援コーディネーターの先生との面談を経て少しなんとかなるだろうか、と思いましたがやっぱりなかなかハードルは高い。

悩む担任と一緒に、何かのヒントが掴めたらと学校に派遣されているスクールソーシャルワーカー(SSW)さんに相談に行きました。

 

スクールソーシャルワーカーさんとは、生徒や児童の問題に対して保護者や教職員と連携して問題の改善や解決のための助力になってくれる専門家です。

スクールカウンセラーさんが本人(保護者、教員含む)とのやりとりがメインなのに対して、スクールソーシャルワーカーさんは周りとの連携に重きを置いた対応をしてくださっている印象があります。

 

私と担任、SSWさんの面談の中での細かなやりとりは個人的なことを含むのでここでは伏せますが、担任の先生はこちらの悩みや対策の提案に対して校内でどう取り組むかをその場で色々と考えてくださり、SSWさんの助言も受けながら忘れ物や宿題の把握の仕方についてたくさんの議論ができました。

 

また、その場で担任の先生が考えた対策を翌週から早速導入してくださり、支給されているタブレット端末を活用した上で彼以外の生徒さんのメリットにもなるような対策をとってくださっているようです。

 

タブレット端末の導入でうまくいきそうな予感と、まさかの落とし穴

筆記の困難もありでメモをうまく取れないこともあるのが露呈してきていた次男のために、担任が必要に応じて支給されているタブレット端末による撮影の許可を校内でとってくれていました。

 

細かな注意点などはある様子ですが、原則彼が必要を感じた場面で黒板や実験記録などを撮影することが認められているようです。

 

これで帰宅後に確認しやすくなる!と喜んで送り出したその日の夕方、担任からの電話で私、膝から崩れ落ちました。

 

「次男くん、タブレットの充電を忘れて登校してるんですよね…」

 

それを伺って、走馬灯のように思いだした事案がありました。

まだ次男が小中学生の頃、移動範囲が広く興味を持てばどこに行ってしまうかわからない次男に何度かキッズ携帯を持たせようかと思案したことがありました。

 

でもその頃に私が毎回出した結論は

「興味のないものを彼が持ち歩きこまめに充電するはずがない、絶対どこかに置いてくる」

 

ここを逆手に取ったのがスマホの導入でした。

ゲームや友人とのやりとりができる端末を手に入れた彼は注意欠損の特性が強くあるにもかかわらず、スマホ購入からまる3年ほど、1度も充電を忘れたことも落としたり無くしたりしたこともありません。

 

そしてここにきて導入された学校支給のタブレット端末。

学校の厳しい規定の中でゲームや動画視聴は厳禁と取り締まられているなんの面白みもないその分厚い板を、彼が大切に扱うはずはなかったんですね。

そこに気づかなかった自分が情けなくて、電話を受けた出先で文字通り膝から崩れ落ちそうになりました…

 

この件についてはその後自宅でタブレット充電用のスペースをきっちり確保し、学校から帰ったら荷物を出してここで充電して…とルーティンの刷り込み直し作業を行いました。(果たして毎日うまくいっているのかは霧の中ですが今のところ担任からその件で連絡来てません…)

 

この辺はすごくADHDらしい特性の現れ方だなぁと思ったりします。

本人にとって価値があるもの、興味関心があるものについては力を発揮するけれど、そうでないものに関してはその力を全くといっていいほど出せなくなってしまう。

 

彼にとってタブレットはうまく使えば困難を軽減するためになるツールなんだけど、興味関心がさほど持てないことで「それを使う」ところまでも行き着けないというのはすごく惜しい。

でも結局は本人にしかどうにもならないことなので、私たちには環境を整えるところまでしかできないんだなぁ、と痛感しています。

 

支援員がつくかもしれないらしい

先日、担任の先生から「学校管理職の会議の中で支援員さんの配置が決まりそうだ」と連絡がありました。

 

支援員の必要性については先生方で検討してほしいとお伝えをしていたのですが、授業中に板書が追いつかなかったり、実習のときに脳が明後日の方向に飛んでいってしまっている様子が見られるとのことで、声かけや荷物整理のサポートなど適宜対応していただけるようになるかもしれないと期待しております。

 

ビジネスバッグを買い足して荷物整理

前回言及した通り、荷物の整理がやっぱり難しく忘れ物が頻発してしまっていたので、本人と相談して教科ごとのケースを用意。

そのケースと毎日持ち帰るタブレットを入れるためにビジネス用のショルダーバッグを買い足しました。

PC用のスペースにタブレットがちょうど収まる感じです。

 

帰宅後に所定の位置(本人の机)で荷物を出す

タブレットを出して充電

→持ち帰ったプリント類の整理(捨てる・私に渡す・保留の3つに分ける)

→翌日の時間割を整理

→宿題をやる

 

ここまでを一連のルーティンにできるよう、取り組みやすい環境づくりをしているところです。

 

おわりに

ここまで書いてきて「こういうことを本来は小中学校までにやっておかないといけなかったんだろうなぁ」と何度も考えてしまう自分がいます。

きっと先生たちもそう思ってるんだろうなぁとも思いますし、これを読んでいる方もそう感じていてもおかしくないようなぁと思います。

 

よく、なるべく早く支援学校に行って自立のための取り組みに入っていた子のほうがその後の経過が良い、という話が親の会でも出ます。

次男に関してもどんな経路を通った方がよかったのか、という後悔のようなものがないわけではなく、困難に直面するたびにルートを間違えたんだろうか、とつい考える自分がいます。

 

でも、そう感じている時って大抵、自分の中に焦りがあったり余裕がなかったりする時なんですよね。

 

落ち着いてゆっくり思い返すと「あ、無理だったじゃん」って思うのです。

 

次男と私のこれまでは、その場その場でその時考え抜いた結果のベターを選んできたじゃないか、と思うのです。

そして同時に「あの頃の次男にこれをやらせようと思っても無理だったじゃん」とも思うのです。

 

「自立までの道のりの中でいつどのタイミングでできるようになるか取り組めるようになるか全く読めない」

 

というのは、発達障害の子を育てていくときに直面しやすい課題なのかもしれません。

 

課題が見えたときが取り組むチャンス

 

という、今突然思いついた名言っぽいものを書き残して、慌ただしかった半月間の記録とさせていただきたいと思います。ではまた次回。

 

おまけの余談。

Twitterでフォロワさんと会話している中で「どうも大分県は県教委がだいぶ頑張ってるっぽいぞ」というのが見えてきました。

タブレット端末の導入に関して今朝新聞記事になっていましたが、九州でも県立高校への100%配備が完了しているのは佐賀と大分だけでした。

次男の合理的配慮のやりとりに関しても、県立高校としてかなり手厚い印象を受けます。

私の比較対象はこれまでの小中学校の対応しかありませんから、手厚さに感動しきりなのですが、もしかしたら他の都道府県との温度差もかなりあるのかもしれません。

 

私のこの連載っぽくなっている次男との奮闘記も、あくまでも大分県のいち県立高校のお話です。

地域や学校が変われば対応も全く変わってきてしまう可能性もありますので、そこはご留意いただけると幸いです。

次男、高校で合理的配慮の提供を受けるまで③ 〜入学して1ヶ月経ちました〜

前回の記事を書いてから1ヶ月経ちました。

 

suminotiger.hatenadiary.jp

この1ヶ月間、ツイートはダラダラとしていたもののブログの更新をしていなかったことに今気づきました。

次男の入学と三男の登校再開が重なり(プラス娘もなんだかんだ問題の起こりやすい中2を迎え)、夕方にはそれぞれの担任からの連絡が時間差でどんどん入る日もあるような、そんなてんやわんやな1ヶ月を過ごしておりました。

 

さて、そんな1ヶ月を振り返っておこうと思います。

 

次男の特性についての書類提出

入学式の日のお話の中で彼の特性についての書面を出してほしい、と言われていたので(前回参照)、早速診断までの経緯や小中でどんな困難があったか、どう対応していただいてきたか、などをA4で3ページにまとめて週あけに持たせました。

 

前回も書いたと思うのですが、小中学校でこのような書類をこちらから渡したり、渡そうとして断られたりしたことはあっても、先方から求められることはなかったので「読んでいただける!」と意気込みつつ、詰め込みすぎては逆効果かもしれない、とかなり端折る形で作成を進めました。

 

具体的には「聴覚の認知が弱い」「見通しを立てるのが難しい」「疲れやすい」など、彼の特徴的なトピックをあげ、それについての説明を2段落程度でまとめた文章を添えました。

 

また、最後に「発達障害の特性は環境により困難の現れ方が変動しやすいため、高校でどのような問題に直面するか、私たち保護者にも想像がつかない面も大きいです。一つずつ積み重ねていかねばならないかと存じますが、先生方のご協力をお願いします。」と、一番伝えたいお願いを書き添えさせていただきました。

 

連日のお電話と、対応の日々

最初の1週間ほどはオリエンテーションや上級生との交流など授業ではない時間が多かった様子で、本人もそれなりに楽しそうに通っていました。

ただその中でも、指示がうまく理解できずに周りとうまくいかなかったり、以前から揶揄われていた同じ中学の子との諍いなどはあったようで、2日に1回ほど担任の先生から着信がある日々でした。

 

担任の先生は支援の必要な子を担当するのがおそらくは初めての様子で、わからないことだらけだけれど彼のためにできることを、と熱心に様子を見てくださっているようでしたが、彼にかなり手を焼いているだろう様子はお声からひしひしと感じられ、拝むような気持ちで電話でお話をさせていただく感じです…

 

早速浮き上がってきた「提出物」の問題

そんなやりとりの中、私がかなり気になるトピックが上がってきました。

「期限までに提出物を出せていない」というのが複数重なっているらしいのです。

帰宅後にそれなりの確認はしていたものの、カバンを開けるわけにもいかずこちらもバタバタしていたのもあり、確認が不十分のまま1週間ほど過ぎてしまっていた頃、担任の先生からもその件についての心配するお電話をいただきました。

 

家庭で私と次男がサシでやりとりしても埒があかないだろうと思ったので、担任の先生にお願いして、放課後に私と次男、担任と特別支援コーディネーターの先生の4者で面談の時間をとっていただき、状況を全員で確認することにしました。

 

私の申し入れに先生方は即時対応してくださり、4者での面談がもたれました。

 

まず、何がどの程度停滞しているのかを担任の先生の声かけて次男が一つずつ確認。

書類がカバンに入っているかを確認して、紛失や破損がないことも確認できました。

 

次に特別支援コーディネーターの先生の声かけで、どこに彼の困難があるのかを探っていきます。

教室でプリントが配られるのはどんな状況下か、宿題の提示はどんな状況で行われるのか、それらを次男がどう裁いているのか、を一つ一つ丁寧に確認していきます。

 

また、担任の先生が「なぜこれらを提出しないといけないのか」や「これを提出しなかった時に誰がどんなふうに困ることになるのか」を細かくお話ししてくださり、本人も理解した様子でした。

 

ランドセルにプリントを詰め込んで蛇腹にしていた頃に比べたら、破損や紛失なく書類をカバンに入れておけた(自分のクリアファイルに挟んでいました)のは、かなりの成長を感じられる部分ではあるなぁと感心する側面もありつつ、やはりそこから先のステップがまだまだ難しいのだなぁと。

 

先生方との時間をかけたお話は、彼の課題を浮き彫りにする良い機会になったと思います。

 

余談ですが、高校の先生方は一つ一つの指導について、彼に丁寧に「なぜこれが必要なのか」を説明してくれている様子が伺えます。

これは、小中学校ではなかったサポートだなぁと感じています。

「卒業後の社会参加」が近い未来として明確だからかもしれません。

次男の高校では提出物の期限を守れないとき、忘れたことをただ叱るのではなく「職員室に出向き、謝罪の上でなぜ提出に至らなかったかを説明し、今後どう対応するかの申し開きをする」という指導が全体に対してなされているそうです。

「仕事を始めたときにこれができないと困るから」と仰っていました。なるほど納得です。

本人にとってはとても面倒なステップかもしれませんが、やる意義が見いだせないことに取り組みづらい特性を持つ次男にとっては、この丁寧な説明と実戦は社会参加のための重要な訓練だなぁと感じています。

 

1ヶ月かけて見えてきた、色々な課題

さてそんな素敵な話し合いを経てそこから次男くんの高校生活が順風満帆に進み始めたか、といえばそんなことはありません。

 

そこから1ヶ月、本当に何度も何度も先生方と電話でやりとりしたり、体調を崩したと言ってお迎え要請が来たり。

(迎えに行ってゆっくり話してみたらキャパオーバーでした)

 

彼がかなりキャパオーバーを起こしている様子は私にも見えていたし、担任の先生も感じていたようです。

このまま学校に来ることが辛くなってしまわないように、できることをやっていこう、と昨日もお電話で話しました。

 

現段階で見えてきている困難は

  • 板書ができていない部分がある
  • 教科書など学習に必要なものの忘れ物が多い
  • 授業中ぼんやりしていることがある
  • 課題の提出が滞りがち

などで、板書の困難は支給されているタブレットを活用することはできないか、と担任と話を進めています。

また、授業中ぼんやりしていることがあるのは教科書を忘れたりしているのも要因の一つのようなので、持ち物の整理を見直すような段取りを家庭で進めているところです。

具体的には、登校用のカバンを当初用意したものから別のものに変えようか、と検討しています。

 

課題の提出に関しては、教科担当の先生方が居残りで取り組むのを手伝ってくれているようなので、当面はそれを進めながら自宅で取り組むには、という方向を模索していくべく相談をしているところです。

 

おわりに

彼の1ヶ月を振り返りながら、入学式の後のお話で特別支援コーディネーターの先生から「1学期の間に、彼にどんな配慮が必要かを詰めていきましょう」と言われていたのを思い出しています。

 

そのときはそんなにかかっちゃうか〜と思っていたのですが、確かにスタートしてみないと見えてこないものが本当にたくさんありました。

 

これは発達障害特有のものなのかもしれないのですが、「この配慮が必要です」と言い切れない難しさがあるんですよね。

私が「彼はこうだからこうしてください」と言ったとして、現場で本当にそれが必要なのかも、それをやっていただいたら彼に目に見える効果があるかも、本当に未知数なのです。

 

踏み込んでみるまで、過ごしてみるまで、やってみるまでわからない。

 

彼と15年一緒に暮らしている私にも、1ヶ月漫然と様子を見ながら過ごしてみないと取り組めなかったことがたくさんあります。

露呈してしまえば「いやそんなの最初からわかってたじゃん」というようなこともたくさんあるのです。課題の提出の難しさや忘れ物のこととかね。

でも「新しい環境で本人がどの程度できるのか(またはできないのか)」というのも、走り出してみないとわからなかったのが本当のところなんだろうな、と思っています。

 

1ヶ月目で見えてきた課題にチームで取り組んでいく2ヶ月目が、始まろうとしています。

次男、高校で合理的配慮の提供を受けるまで② 〜入学式編〜

こちらの記事を書いてから約1ヶ月が経ちました。

今回はこの続き、入学式の時のやりとりについてまとめたいと思います。

 

 

ドッキドキの1年生

入学説明会のときのことは前回詳しく書いたのですが、その際に「記入して入学式に提出するもの」とされた書類がそれはそれはたくさんありました。

小中でも提出するような家庭環境の調査票や各種検診の予備調査、保険関係のものに加え、授業料の納付や就学援助金、各種奨学金に関する書類など高校特有のものもちらほら。

そしてその中の一つとして「合理的配慮の提供に関して」という書面があり、提供の希望や提供に関する面談の申し入れを希望する方は必要事項を記入して提出を、と書かれていました。

 

次男に負けず劣らずの注意欠損のある私ですが、さすがに当日忘れ物をするわけにはいきません。

入学式のご案内、というプリントに丁寧に書かれたチェックリストと書類の束を何度も何度も確認しながら迎えた当日。

チェックリストの中に入っていなかった「4月1日から当日までの体温チェックシート」という今年度の入学式ならではの書類を自宅冷蔵庫に貼ったまま出かけてしまい、大慌てで取りに帰る騒動があったのは内緒の話です。

 

入学式からのHR

体育館に入る入学生の姿を眺めながら、この中で合理的配慮の申し入れをするのは次男一人なんだろうか…とふとよぎりました。

体格のいい高校生たちはみんな次男の何倍もしっかりしているように見えてしまいます。あぁ私、不安なんだな…と感じながら始まった入学式。

 

余談ですが私はこの入学式でかなり恐れおののきました。

多いんです、教員の数がとにかく多いんです。

各クラス担任(若い)1名と副担任(ベテラン1名と中堅1名)の3人体制。

そのほかにも様々な担当が存在しています。

前回の入学説明会の時に覗いた事務室には10近い机が並んでいました。

在籍生徒数に対する教職員の数が小中学校に比べて桁外れに多い印象を受け、どうしてこんな手厚い耐性が小中学校ではとれないんだろう…と悶々としてしまいました。

 

さて、コロナ禍らしい簡素な入学式を終え、教室へ向かいます。

 

教室では壁沿いに置かれた書類ケースに保護者が列になって書類を入れるよう促されました。

ズラっと並んだケースの一番最後が「合理的配慮の提供について」の用紙で、そこに紙を置いてから保護者席に着席。

担任からのお話やPTA役員決めのやりとりなどが行われ、全体のお話が終わろうかという頃に、副担任の先生から小さな声で「解散のあと事務室へ」と声をかけられました。

本人は先に帰っても良いとのことだったので次男を帰し、私だけ事務室へ向かいました。

 

担当の先生方との面談

事務室に声をかけると別室に通されました。

先日の入学説明会の時にお話を聞いてくださった支援担当の先生の他に、特別支援コーディネーター、生徒指導担当の3名の先生が対応してくださることになりました。

 

まずそれぞれの先生のご担当を説明してくださった上で「現段階でどんな不安があるか、どんなことを希望しているか」と求められ、それに沿ってお話をさせていただきました。

 

先日私がお話ししたことを丁寧にメモを取ってくださっており、どこまで共有して良いか、と尋ねられたので「本人に関わりのあるすべての方に共有してもらっても構いません」とお答えしました。

 

また

「先日のものはあくまでもメモ程度なので、お母さんの方から本人がこれまでに受けてきた支援や生活の中で起こった困りごとなどについてまとめてもらえたらそれを教職員で共有できますが用意できますか?」

と尋ねられました。

 

小中学校ではこちらから先に用意してもうまく共有していただけていなかったサポートシートの類ですが、先方から求めてもらえるのか!とじわっと感動してしまいました…

 

ここからの流れ

コーディネーターの先生が書類の束を見せてくださり「これからの流れです」と説明を。

束の1枚目は私たち保護者が記入する「次男の合理的配慮の提供を求めます」という申請書の雛形です。

 

2枚目以降は

中学へ次男に対する合理的配慮の実績について問い合わせる書面と中学からの回答書

支援学校へ巡回や助言の依頼をする書面

次男に対する合理的配慮の提案書、こちらからのお返事…

と学校間のやりとりに関する文書が続き、最後の1枚は「合理的配慮の再検討」についての書類。

学校に対しての要望のうち設備投資や人員配置など予算面で学校内での対応だけでは難しい案件について、県まで上申してさらなる対応を求めるための書面でした。

 

1枚ずつ一緒に見ながら、今後の流れを説明していただきました。

 

支援学校の巡回では本人の学校での様子を見ていただくだけでなく、必要に応じて発達検査もお願いできるようです。(これは前回の面談の時にも聞いていました)

次男は前回の検査から3年以上あいているため、現状を把握するために検査した方が良いかもしれないから支援学校の先生とも相談しよう、という話になりました。

 

印鑑を持ち合わせていたこともあり、書類の束の1枚目のこちらからの書面をその場で記入し提出。

先生から「これが出たので、ここから次男くんの合理的配慮の提供について学校内で対応していくことになります」とお話がありました。

 

具体的には、まず本人との面談、私からのサポートシートを参考にして校内での彼への対応を検討、在籍していた中学とのやりとり、支援学校からの巡回やスクールカウンセラーとの面談などを重ねながら、1学期の間に校内で彼に対して提供できる合理的配慮についてのリストアップしていきましょう、という感じです。

 

次男が作っていく、実績

話し合いの中で何度も何度も頭を下げる私に対して、支援担当の先生が「いや、とんでもない、お母さんがここまでしてくださって本当にありがたいんですよ」と仰いました。

 

合理的配慮の提供義務が県立高校に課せられてから5年経ちますが、現場での浸透はまだまだ。発達障害の子たちに対して「やればできるだろう」「甘やかさない方がいい」と理解してくれない先生もまだまだたくさんいらっしゃるそうです。

 

法律ができた以上、義務であることを現場にもっと周知してもらわねばならないけれど、なかなかそれは進まない。

次男以外にも対象生徒はいるものの、学校としてもまだ合理的配慮の提供は始まったばかりで、手探りでもあり、また実績も乏しく理解のない先生方への説得力も薄い状態。

 

保護者がこうやって持ちかけてくれて、実際に現場で支援を入れてそれが生きる形で本人が前向きに教育を受けられる場面をひとつずつ作る。

それを「ほらこんなに生きるでしょう」って現場の先生方に見せていける。

 

その実績を作るためには、こんな風に配慮の提供を申し入れてくれることがまず必要なんです。

 

と熱心に話してくださいました。

実績を作っていくためにも、私たち親子の協力が本当に必要だと考えているし、もちろん次男くんにとって少しでも良い高校生活になるように支えていきたいんですよ、とお話をしてくださり、何度も目に涙が浮かぶ面談となりました。

 

 

爆弾としての次男と、礎としての次男

定型発達のお子さんとは違う次男について、「きっと教室の中で爆弾のような存在だろうな」とつい親として思ってしまいます。

彼の言動が教室の中を混乱させたり、彼がいなければ平穏に回るような場面もきっと多くあるでしょう。

 

親としてついそれを心配して、先回りして防ぎたくなってしまう。

予想通り、登校初日に「何か大きなことがあったわけではないんですよ」と前おきをしつつ連絡をくれた担任の先生の言葉からは、彼の扱いについて苦慮する様子が感じられました。

 

あぁやっぱり…と予想以上のダメージを受けながら友人にそのことをチラッと漏らした友人から予想外の言葉をもらいました。

 

「次男くんを担当した経験は、その若い担任の先生にとって一生ものの力になるから」

 

あぁ、確かにあの手厚い体制の高校でなら彼に対して四苦八苦することはきっと先生の今後にとって大きな経験の一つになるだろうなぁ、と思ったりしました。私がお会いした先生方を含め、頼れる知識経験のある先生方も複数いらっしゃるでしょうから。

 

もちろん、余計な手をかけさせてしまうことになるから傲慢になっていいわけではないけれど「こちらが与えてもらうばっかりではないんじゃないかな」という友人の言葉で気持ちが少し軽くなったような気がしました。

 

教室の中でどう扱って良いかわかりづらい爆弾のような次男だけれど、合理的配慮の実績として、また先生方の中での経験として、礎としての彼が3年間通う中で学校に何かを残していくことにもなるんだろうなぁ、とぼんやり考えたりしています。

 

また何か動きがあったらまとめますね。今回はこの辺で。

スポンサードリンク