スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

私がドッヂボールを嫌いな理由


きっかけは、この記事です。

幼稚園で「鬼ごっこ」を全面禁止(デジタル大衆) - エキサイトニュース

 

日本ではなく、イギリスのある市のお話です。

鬼ごっこの鬼役をやる子は反動でいじめに走りやすいという研究結果を受けて学校での鬼ごっこを禁止した、と。同じ市は去年同様の理由でドッヂボールを禁止した、と。

 

でネットでの論調は想像の通りです。馬鹿にしますよね、そんなことしてどうするの?教育の放棄じゃないの?って。

うん、そう言っちゃう気持ち、わかるのはわかるんですよ。

事故があったからって公園の遊具撤去しちゃう。いや本質はそこじゃないでしょ?っていう、そういうのと同じなんだろうなと。

 

でも同時に思うんですよ。あぁ、この人たちは鬼ごっことかドッヂボールとかを利用していじめられたこと、ないんだろうなと。

 

自分の経験と、今こどものうちの一人が学校でやられてることと、そういうのを見ていて思うのは、あれをやるからいじめるようになる、じゃないんですね。逆なんです。

運動神経の割と良いいじめっこが、運動神経が悪いいじめられっこを「合法的にいじめる」ためのツールに使いやすいんです、鬼ごっこもドッヂボールも。

どっちも、それなりのルールがあるし、やっていても一見楽しく遊んでいるようにしか見えません。鬼が追いかけるのから逃げることも、ボールを当てられることも、どっちもゲームの中の当たり前の一場面です。

 

でもその関係をよく見ていると、足の遅い子がずっと他の子を捕まえられず揶揄されながら追いかけ続けていたり、うまいこと誰かを捕まえてもまたすぐ捕まって鬼になっていたり。ドッヂボールでも特定の子を集団で狙ったり、わざと当てられてその子を内野に戻してまた狙ったり、そういう卑劣なことを、ルールのあるスポーツや遊びの中に埋もれて行うこと「も」できてしまう。それが、低年齢でもやりやすいゲームだなぁと思っています。

 

イギリスの研究結果の、鬼をやっていた率の高い子ほど中学に行くと反動でいじめをしやすくなる、というのもそういうのを考えるとわかる気がするのです。

鬼をやる率が高い、というのは、いじめられていた可能性も高い子、ということではないかと思います。その子達が中学に入って周りの環境が変わると今度はいじめる側になる、そういう変貌の仕方は、いじめられていた側としてはなんとなく心境はわかります。いじめる側になってみたいんですね。あの気持ちの良さを味わってみたいんです。

 

じゃあ、一律禁止しちゃえばいいじゃない、とは私もさすがに思いません。

問題の根底にあるものにちゃんと対応しないと、違うことをいじめのツールに使うだけだから。

うちの足の遅い次男坊も、鬼ごっこをやるといつも鬼。ちょっといじめに近いことをされていることもあるようなので、私も役員をやったり先生と密にコミュニケーションをとったり、同級生の子たちやその保護者と会う機会を増やしたり、早め早めに手を打って様子を見ているところです。

「うちの子がいじめられるから学校での鬼ごっこは禁止してください」とは言いませんよ、言っちゃったらモンペだものねえ。

 

さて本題。私がなぜドッヂボールが嫌いなのか。

それは、上に書いてきたいじめにつながりやすいからという理由ももちろんですが最大の理由は「この世に存在するであろう、唯一の、人に向けてボールを投げつけるゲーム」だからです。あの、人に向けてボールを投げつける行為が、どうにもこうにも嫌いだからです。

小学生の頃は鈍臭かったのでただ単に当てられるのが嫌だから嫌いでした。でも運動部時代を経て今は、どっちかって言うとボールを持つとわ~っと逃げられる側です。でも、当てるのはやだなぁと思っちゃうのです。もちろん、狙われるのもやだ。

他のスポーツでボールを人に当てたらルール違反ですよね。警告や退場もの。

それなのにそれをやる前提のスポーツをみんなで楽しくやる、私にはわけがわからない。あんな野蛮なスポーツを、なぜ小学校の授業でやり続けているのか不思議で仕方ありません。

あ、でも「野蛮なスポーツはやめてください」とは言いませんよ。モンペ確定だから。息子たちには言いますけどね、母ちゃんはあれ嫌い、って。

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