スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

結局、ハーネスとかどうでもいいんですよ。


朝からTLにちらほら並ぶハーネスの話題。

どうやら朝の番組で取り上げられてたみたいですね。

 

ハーネスってなんだ?って方に一応紹介しときます。

 

 こんな風に小さい子の背中に背負わせて、親がその紐を握れるという育児グッズです。

私もこれ、上の息子たちが小さい頃に出歩くときにたまに使ってました。

 

で、なんで紛糾してたかというと、婆世代が「こんなもの使って」と責めるんだそうで。街を歩いてたらネチネチ言われた、姑から注意された、等々、使用することを責める声がママさんたちを苦しめてる現状と、それをさらにテレビで助長するような発言があって怒ったママさんたちの声が並んでいた、と言う状況のようです。

 

ハーネスの何がどう悪いかというのはググれば色々出ると思うんで知りたい方はそちらで。

私は利用者として、手を繋いだ上での予防策としてとても役に立ってくれたと思っています。小さい子は手を繋いでいても予測のつかない方向へ突然走り出すこともままあります。そのときに手を強く握ってしまうとひじ関節が外れたり、一緒に転んだりしてかえって危ないこともあるのですね。

あと、意外なところで役に立ったのは選挙の投票日でした。

まだよちよち歩きでどこに行くか分からない息子、期日投票期間中に夫と一緒に行ける日がなかなかなかったので仕方なく息子たちを引き連れて一人投票所へ向かったとき、鉛筆を握っている間に息子逃亡という悲劇は免れました。

 

こんな感じで、常用していつも犬の散歩状態、というよりは、いざと言うときにとても役に立つという種類の育児グッズとして私にとっては役に立ってくれてました。

親の側から離れないタイプのお子さんだと必要ないという声もわかるのですが、いきなり走り出しちゃうタイプのお子さんだとこれに助けられたという方はとても多かったりします。

 

で、本題です。

 

このハーネスという育児グッズ、賛否あるのは分かるのですが、批判してる人たちの大半は余計なお世話じゃね?って種類のご意見なんですよね。

実際に子育てしてるわけでもなかったり、小さい子はいても走り出しちゃうタイプの子じゃなかったり、代わりに子守してくれるわけでもなかったり。

んで、批判の内容も「犬の散歩みたい」とか「虐待だ」とか「子どもの成長によくない」とか、科学的な問題点を指摘するわけでもなく曖昧でなんとなくなご意見ばっかり。

これって、おんぶせずにベビーカーにのせるなんて、とか、紙おむつ使うなんて、とか、母乳あげずにミルク飲ませるなんて、とか、保育園に預けて働くなんて、とかと同じだなぁと思うわけです。

 

そう。

ハーネスなんて結局どうでもいいの。

それが問題なんじゃないの。

言いたいだけなの。

 

だって、通りかかった人や知人や身内が何かをやっていて、それが自分に害があるわけでもなく、そうしていたらその人が何かとても困るというような科学的な理由を自分が知っているわけでもなかったら、「やめなさい」なんて言わないと思うの。

 

じゃあなんで言っちゃうんだろう。

ぱっと思い浮かぶのは相手を責めたいという気持ち、優位に立ちたいという気持ちなのかな、と思います。

あと、私生活でなんか問題を抱えていてむしゃくしゃしていてまわりに当り散らしちゃってる人。

こういう人たちはもうちょっと病んじゃってるのでスルーです、スルー。

 

でもとても厄介なこと。それは、大多数は「よかれと思って」言ってる人たち。

善意なんですね。

じゃあその善意がどうして相手を苦しめちゃうのか。

 

ここで、先日のズイショさんのブログだ!とひらめいたわけなのです。

お前は俺ちゃうんかい - ←ズイショ→

 

私とあなたは違う人

たいていの大人の人はこれを分かっていると思う。

でも小さい子には分からない。

そして大人でも、自分が嫌だと思うことは相手もそうだろう、自分が嬉しいと思うことは相手もそうだろう、自分が欲しいものは相手も欲しいだろう、自分がして欲しいことは相手もして欲しいだろう、と勝手に相手と同化して判断してしまうこと、実はとても多いような気がする。

 

自分が使わなかったものだから必要ない

自分の経験のなかでは必要なかったものをわざわざ買うなんておかしい

そんな、自分だけの経験で相手を自分と同じものだと考えて「それが必要かどうか、いい事かどうか」を判断しちゃっての「善意」なのかなぁと思ったりします。

 

思っちゃって、判断しちゃって、そして相手と自分の境界線が分からないから、ラインを踏み越えて相手を追い詰める。

この種類の人たちに「相手の気持ちになって」とか「相手の立場に立って」とかは無意味です。なぜなら相手の気持ちも相手の立場も「私と同じ」という観点で考えてるから。

 

ハーネスに関してもベビーカーもミルクも紙おむつも、実際に色んなタイプの子どもとそれを育てる色んな環境の保護者たちの状況で必要の度合いも必要とされるケースもまちまちだと思うんですね。

自分が想像もつかないメリットを感じるケースもあるということを想定しておかないと見当違いのことを言っちゃうことになるんじゃないかな、と思います。

 

今日の結論。

必要だという人たちがいて、必要に応じて使っている道具について相手に何かを押し付けるという行為は、それそのものが「ちょっと変」なので、何を言われてもスルーして良いと思います。

ハーネスを使ってる多くのパパさんママさんたちの気持ちは「何よりも命を守りたい」だと思うのですよ。育児の中の短期間、命を守るために使う道具。

使いたい理由と必要な理由がそこにあるから、使ってる。

「繋いどいて楽したい」って人はたぶんものすごく少ないんじゃないかなぁ。

 

おまけ。

ジジババ世代がハーネスを責める、という構図で話している方も多いように見えたのですが、私の周囲のじじ様ばば様たちはハーネスに大変興味深々で「いまはこんないいものがあるのねえ」「これがあったら狭いとこ歩くときいいねえ」等々、好意的な反応ばかりでした。

「昔は田んぼのそばの木に紐でくくりつけちょったもんやけど」「そうそう、まだ歩かんうちはカゴに入れて家に置いといた」等々、それこそ今やったら虐待ですよレベルの壮絶な思い出話もたくさん出てきたり。

 

ジジババ世代がみんながみんな、見たことないものに対して反発するわけじゃないのになぁ、とちょっと残念な気持ちになったりもしました。

 

ハーネスの話から色々考えてたら、先日の責め合う子どもたちのことを考えるヒントが出てきたような気がするので、またちょっと色々考えたいなと思いつつ、今日はこれでおわり。

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