スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

「言っても出来ない子」が悪い?「言い方が悪い大人」が悪い?

さっき書いたエントリとも関わってくることなのかな、フォロワーの支援者さんが靴を揃えるためのフォローとして靴置き場にマーキングをしていたツイートについて、こんなことを書きました。

 

 

ツイートではぼやかして書きましたが、綺麗に並んでない子のうちの一人はうちの次男です。一時期はちゃんと置いてるな〜と思ってましたが先日見た時は盛大に下駄箱から彼のスニーカーが飛び出していました。ちょっとずれてるとかじゃなくて、彼の靴置き場にだけ時限爆弾的な何かが仕掛けられていてその爆風で飛び出してしまったんじゃないかと思うほどに、見事に下駄箱前の床に転がっていました。

 

多分休み時間ギリギリまで外で何かしら楽しいことをしていてチャイムが鳴ると同時にやばいと思ってダッシュで靴を脱いで下駄箱に投げ込んだけどうまいこと入らなかったんだな、と目に浮かぶようです。

 

そして同時に情けなくもなるんですね、恐らくは6年間、毎日のように先生や級友に言い続けられてもこれが彼の今なんだな、ということが。

 

特別支援に関わる書籍などでよく、靴を揃えるのが苦手な子のための支援として靴を置くスペースにマーキングをしたり、靴底の形のシールを貼って「ここに置く」ことを意識しやすくする、と言うハックが紹介されています。

 

次男が利用している通級指導教室の下駄箱はカラーボックスのような棚を利用しているのですが、1つの段にちょうど靴が置けるくらいの幅にテープが貼ってあります。

そして毎回次男はそこに綺麗に靴を揃えて置くことができます。

 

次男が学校の下駄箱に靴を揃えておけないのは

・視覚的にわかりづらいから

・余裕を持って靴を置く時間を取れていないから

・次の作業に気を取られやすいから

 

などが考えられます。

この条件が発動しないよう環境が整えられた通級指導教室の入り口では必ず揃えることができるのです。

 

さて、これについてあれこれ呟いていたら、フォロワーのはなびら葵さんからこんな引用RTをいただきました。

 

はなびらさんは医療現場のヒヤリハット事案について書かれているので学校の話とはすこしズレるとは思うんですが、これらツイートを読んで目から鱗が落ちたんですね。

先生たちにとって本当の目的はなんだろう、という。

 

一人一人の子供たちが自分の力で靴をきれいに揃えられるようになるのが到達点なのか

学校の靴がきれいに揃っている状態になっているのが到達点なのか

 

(ちょっと意地悪な言い方をすれば)

靴がきれいに揃っている指導の行き届いた学校、というアピールが外部に向けていつもできることが到達点なのか

 

など色々と考えてしまいますがたぶん答えはありません。

そこまで明確なゴール設定がなされているような案件ではないんだろうなと。

 

「くつをきれいにそろえましょう」

という標語が学校に貼られているのを見たことがあります。

 

「スリッパのみだれはこころのみだれ」

とトイレに書かれているのも見たことがあります。

 

でも、たぶん学校の多くの子供たちにこう聞いても明確な答えは返ってこないのです。

「なんで靴やスリッパをきれいにそろえないといけないの?」

 

たぶんだけれど先生に聞いてもスパッとは返ってこない、そこまで深く考えられていることではないんだろうと思うのです。

 

下駄箱の靴はきれいに揃っている方が良い、というある種当たり前・常識がベースにあって、それを子供たちにさせるために「下駄箱の靴はそろえて入れましょう」と「言う」と大半の子はそれでできる。

 

でも一部の子はできない(もしくはやらない)。

本当なら「言う」の段階で全児童の足並みが揃ってそこで指導が終わるはずだったのに。

 

これが、最初のツイートで娘が言っていたと言う「靴チェック係」の導入による監視体制やそれを受けての口頭の指導が続く、という現状につながっているんじゃないかなぁ、と思ったりしました。

 

残念ながらそれを6年間続けられても次男は「学校の下駄箱の靴を揃える」が定着していないことは先日わかりました。

 

先生方がそれをどう考えているのかわかりません。

全校児童に対してゴールがどこに設定されているのか、そのゴールのためにどんな取り組みがなされているのか、と言うことを掘り下げるべきなのか悩ましいのですが、忙しい先生方にとって下駄箱の靴くらい口頭で言うだけでなんとかしてほしい、と思うのもまた正直なところなんじゃないか、とか、次男も環境が整えばできるからあまり深く悩むことでもないんじゃないか、思ったりして様子を見ているところです。

 

下駄箱の靴は一つの例に過ぎませんが、学校で叱られやすい子供を持っていると(そして家でつい次男ばかり叱ってしまう自分の存在も含めて)叱られるような事例が発生した時に「誰が悪いのか」という話にお互いになりやすかったりします。

 

下駄箱にきれいに靴を揃えられない次男が悪いのか、次男に適切な指導ができない大人が悪いのか、と。

 

でも、誰も悪くないんですね、きっと。

次男の現状と指示の仕方がマッチングしてないだけ。

あぁこうやって考えると、インクルーシブ教育の定着のためには教員1人あたりの児童数を減らすのが先決、というのが本当によくわかります。30人以上相手にしていて個別にマッチングした指導なんて無理だもの。

 

教育現場の現状を嘆いてしまいたくなるけれど、私だって家で余裕がなくなったらこんな風に考えながら子どもに接することからつい手を抜いてしまう。

 

この事例から私がやっぱり大事だなと思ったのは

目指したいゴールはどこなのか

をまず明確にすること。

叱りたくなる事案が発生した時にそれをまず意識すること。

そして、それを共有してそのために双方にどんな工夫ができるのかを考え、子供たちそれぞれが取り組みやすい環境を整えること。

 

とりあえず、目の前のお家の中でできることから少しずつ。

 

 

受刑者の絵の記事から考えた、教え方教えられ方

ご無沙汰しております。

今日はTLに流れてきたこんなのから。

 

受刑者の描いた絵、という記事

こんな記事を見かけまして。


この中でとても気になった部分があったので引用します。

―― 「受刑者の描いた絵のレベルが高い」と話題になっていますが、画力を上げるためにどのような指導を行ったのでしょうか。

渋谷巧: 「1本の線に集中し丁寧に描く、引き初めも終わりもきちんと描く、その積み重ねです」「線は光が当たるとこ、そうでないところ、下など影になるところなど3~4種類の太さで描いてください。意識して飛ばした線と雑に描いて飛んだ線は別物ですよ」最初に指導することはそんなところです。後は根気よく描きつづけてもらうのが大事です。

 受刑者の方が最初から絵の才能があったという話ではなくて、具体的に丁寧な指導をした上で描き続けられる環境を整え根気強く付き合っていく姿勢があったからこそ出来上がっているわけで。

 

これを見てふと思い出したことがあるんですね、小学生の体育の授業です。

 

「運動が苦手」なうちの子たち

我が家の4人の子供のうち、2人ほど極端に運動が苦手な子がいます。

園児の頃からかけっこも遅め、今も体育の成績はあまりよくありません。

この子たちを「運動神経が悪い」と言い切ってしまえばそれまでなんですが、観察しているとどうもそうではない、腕の動かし方はこう、足の動きはこう、と一つずつシステマチックに指導して練習を繰り返したらそれなりのフォームで走れるようになって、それなりの速さで走るようにはなったんですね、あぁあ教え方だよなぁと。

参考までに、その時使った本がこちら。 

足が速くなる「ポンピュン走法」DVDブック(DVD付き)

足が速くなる「ポンピュン走法」DVDブック(DVD付き)

 

こんな記事も書いてました。 
  

すイエんサー」と娘

娘が最近よく見てるのが、NHKの「すイエんサー」という番組。

その日によってネタは様々ですが、科学っぽいことや体育っぽいこと、視聴者から寄せられた悩みや疑問を元に女の子たちがいろんな実験をしていく番組です。

 

娘にとっての神回になったのが、ちょうど学校のプールが始まる時期に放送されていた水泳のシリーズ。

ブログでも内容がすごく丁寧に描かれてました、すごい。

どうしても息つぎができない、沈んでいってしまうと悩んでいた娘、この番組の内容と、先生からの「頭のこの辺が水面につくところまで顔を上げます」という具体的な指導を受けてそれまで数メートルしかできなかったクロールで突然25メートル泳げるようになったととても喜んでいました。

この後にも平泳ぎのコツ、ドッヂボールの投げ方のコツなど、うちの子たちが苦手としていたことを細かく解説してくれる回が続き、娘は録画して楽しみに毎回見ています。(トリックアートなど絵の描き方の回もありました、それもおもしろかった!)

 

できるできないと、教え方・教える環境。

投げ方、走り方、息つぎの仕方…

運動神経がいい、とされている子たちは多分、これをひとつずつ教わる必要がないんじゃないかな、と思ったりしています。

感覚的に自分でつかんでいたり、誰かのを見てパッと真似ができていたり。

 

でもうちの子たちのようなそれが苦手なタイプの子たちはそれだけでは掴めない。

結果、運動が苦手、自分は運動神経が悪いから、と思ってしまっているようです。

前述のエントリで書いたように、私自身もそんな子でした。

 

でも技術を細分化してわかりやすく指導してもらったことはできる。

それは私も子供も同じ。

 

  • 安心して取り組める環境を整える
  • ひとつひとつの動きを細分化して伝える
  • 細分化されたステップを順にこなしていくのを根気強く見守る

 

受刑者の方の画力が上達した経緯やうちの子たちが苦手な運動ができるようになっていく様子を観察していて気づいたのはこんなこと。

できないと叱られたり、バカにされたり、どうしていいかわからないのに放置されたり…そんな安心できない環境では取り組み続けることは難しい。

 

学校の教育の中ではこんな風にしてもらえているのか

こんな風に指導できるところで習い事をさせているか

自分は家で子供を見守る時にこれができているのか

何かを誰かに指導するときにこれを意識できているのか

 

そして、それが可能になるようないろんな余裕を自分や指導する立場の人が持てているのか、誰がそこを下支えするのか、最初の記事を読んで、改めてそんなことを考えています。

自動精算機(セルフレジ)の前で考える。小銭を抱えた支払い困難者の救世主が現れたかもしれない。

私の住む片田舎のスーパーに最近相次いで自動精算機が導入されています。

人件費の削減なのかな〜とかレジの効率を良くするためかな〜とか理由は色々と考えられるのですが、先日、お店側のそれら想定されるメリットとは大きく異なる、ユーザーとしての私のメリットに気づいたので書き残しておこうと思います。

 

暗算ができません

私、暗算が苦手です。

小学校の頃から多分苦手だったと思います。

短期記憶が弱いというのが大きな要因なのではないかと自分では思っているのですが、パパッと計算をするのがとにかく苦手です。

 

余談ですが、暗算だけでなく、暗記も苦手です。

子どもたちが1年生の頃に1桁の足し算引き算を暗記するカリキュラムに出会い、毎日暗記カードをめくりながら答えを言っていくという謎の宿題に遭遇し、その暗唱を聴きながら自分が例えば1+4という簡単な計算でも毎回「4に1を足したら5」と脳内で計算していることに気づきました。

 

もし私が小学生の頃にあの宿題が毎日出されていたら私は算数が苦手だと思って育っていたかもしれません。

そんな私もなんだかんだ国立大学理系受験資格を得られる程度の数学は履修してそこそこの点数は叩き出せていたので、もしお子さんが今そのへんでつまづいている親御さんは「算数ができない子だ」とは判断しないであげてほしいなとは思います。ただ暗記や暗算が苦手なだけで数学的思考ができるか否かはまた別問題だと思います。

 

レジがめんどくさい

話がかなりそれましたが、暗算が苦手な私はレジがややめんどくさい。

心身ともに健康な時は割と問題なく生活してるんですが、体調不良や育児や仕事のストレスが降り積もったり忙しくなったりすると途端にお財布が重くなります。

小銭が増えていくのです。

支払う金額に見合う額を自分の財布から出すための作業がめんどくさい。

自分のお財布の中の小銭が減るようなお金の出し方をささっと計算するのがとても面倒なのです。

 

そのため、さっさとレジを終わらせるために支払う額より大きい額のお札を出す、お釣りの小銭を受け取る、を繰り返していくうちにどんどん財布が重くなってしまうのです。

 

ルフレジと重いお財布と私

その日の私のお財布もとても重かったのです。

車いす生活の末っ子を抱えての退院後生活、当分登校できない彼を連れながらの仕事や買い物の疲れが私に溜まっていくのと比例するようにお財布もどんどん重くなっていっていました。

ルフレジの前で重い財布と表示された金額、この小銭をなるべく減らしたいけれどちょうどいい額を探して入れるのめんどくさい…

と思っていてふと、私の隣で小さいスズコが囁きました。

「そのまま全部入れちゃえばいいじゃん」

 

店員さん相手ではないのでおかしな額を入れても機械は驚かないしこちらも嫌な思いをすることもない。

並んでるお客さんに迷惑をかけることもない。

 

「数えるのがめんどうなら全部入れちゃえばいいじゃない」

とマリーアントワネットのようなことを思いついたと一人ふふふとなりながら、お財布の中の小銭を数えることなくザラザラ〜っと入れてみました。

画面の「入金額」がくるくると増えていき、「残りいくら」の額がどんどん減っていきます。最終的に表示された金額は決してぴったりの額ではありませんでしたが、1000円札を投入したら差し引いた金額の小銭をセルフレジは淡々と弾き出してくれ、私も淡々とそれをお財布に入れて帰宅、結局小銭は受け取りましたが、確実に軽くなっていました。

 

ふと思い出した、あの子とおばあちゃんのこと

軽くなったお財布を手に、ふと2人の顔が浮かびました。

一人は知的障害のある知人のお子さん。

小学校卒業を前に自分で買い物をする練習をしていると話していたお母さんが「お財布に小銭が溜まっていく」と話していたのを聞いたことがあったのです。

細かい計算がめんどうだったり、レジであたふたするのを避けるためについ千円札を先にどんどん出してお釣りを受け取り続けてしまって、小銭が溜まってしまうのだとか。

 

そしてもう一人が、私にお使いを頼んでくれる近所のおばあちゃんのこと。

レジでお金を払う時にモタモタすることで周囲からのプレッシャーが辛い、と買い物になかなか行けなくなっていると教えてくれました。

小銭を数えるのに時間がかかる、つい大きい額のお札を出して小銭を受け取ってしまうと自宅にたくさん溜まった小銭を見せてくれたこともありました。

 

あの子のような知的障害がある人たちや高齢で計算力が落ちたり動作がゆっくりになったりした人たちにもあの機械は顔色を変えることなく付き合ってくれるのかもしれない。

 

もちろん、機械がミスをして損する可能性もあるし、使わない能力は落ちていくかもしれない、自分で数えてお金を払うことをしないリスクは確実にあるとは思います。

 

それでも自分を含め、お買い物の憂鬱が少しでも減る人がいるかもしれないし、その憂鬱が募って足を踏み出せなかった人にとってはお買い物に行ける救世主になるかもしれない。

 

ネットでちょっと検索したらセルフレジについては色々と賛否がある模様。

でもこんな風にちょっと助かってる人もいるかもしれない、ということは頭の片隅に置いておいてもらえるとちょっとうれしいなぁ、と思ったりするのです。

 

アンパンマン New! アンパンマン ミニレジスター

アンパンマン New! アンパンマン ミニレジスター

 

レジスター、うちの子たちもよく遊んでたなぁ… 

「髪を掴んで往復ビンタ」は肯定したらダメと思う。

TLに音楽家の方が中学生を殴ったひどいというニュースが流れてきたと思ったら今度は中学生がクソだったから音楽家は悪くないんだというまとめ記事やツイートが流れてきた。

 

動画やいろんな方の証言ツイートを見るに、当該の中学生がみんなで短い時間ずつを使って順番に回していたソロ演奏のときに一人だけ暴走して周囲を煽り長い時間演奏を続け、さらに止めに入った音楽家の方の制止も聞き入れず反抗した結果の「髪を掴んで往復ビンタ」だったらしい。

 

いろんな意見を見てる中でやっぱりどうしても気になる。

暴力行為そのものをやんわり肯定するような流れが一部にあるということが。

 

 

現場を直接見ていないし、双方にどんな感情があったのかも、その中学生がどんな子なのかも、その音楽家の方がどんな方針で指導している方なのかも、私はわからない、知らない。

 

でも、たった一つこれだけは確実に言えるだろうと思うのが

「どんな理由があっても大人が子供に対して『髪を掴んで往復ビンタをした』という行動については肯定したらダメじゃないか」ということ。

 

いやそんなの当たり前なんです、当たり前なんだけど、たくさん飛び交っている意見の中には「あの中学生が悪いから」という理由で持ってその音楽家さんの行動そのものも仕方なしとしているように見えるものもあったように思うのです。

 

そこは、違うと思う。

どんな理由があっても暴力は肯定したらいけない。

その、一線はやはり守らないといけないと思う。

 

もちろん、人としていつでも完璧ではいられないから感情が振り切れて手が出てしまうことがないとは言い切れない。

うちにも中学生男子がいるけれど反抗した時の煽り方、状況によっては本当にひどいこともある。意図的に大人を煽ろうとする目をした彼らの行動にこちらまでカッとなって大きな声を出してしまうことは私にも経験があるし、あそこでもっと煽られたら殴るくらいやってしまいそうな怖さすらある、子供といえどもこちらを逆撫でることができる子がいるのは知ってる。

 

もしそうやって煽られて、追い詰められて、カッとなってしまって手を出してしまうことだって、あるかもしれない、あるかもしれないけれど、でもそれを「あいつが悪いんだから仕方なかった」と思うのか「カッとなった自分の行動は良くなかった」と思えるのか、全然その先は違うわけで。

 

周囲の反応としても、あいつが悪かったんだから殴られても仕方ない、という風潮はやっぱり怖い。あの子の取った行動そのものは良くなかったんだろうし、それを本人が反省し次に繋げるフォローや適切な謝罪に導ける大人が周囲にいたらいいなと思う。

 

こういう話の時にどうしても「誰が」悪かったのか、という話になりやすくて、そこに視点を置いてしまうと結局は悪者が誰か(逆に誰は悪くなかったのか)という流れになってしまう。

そうなると、悪者になった人の行動は責められ、逆に悪くなかったと擁護される人の行動そのものまで丸ごと擁護の対象になってしまいやすくなる。

 

でもそれは違うと思う。

「誰が」悪かったんじゃない、誰の「どの行動が」が悪かったのか、に視点を移さなければ本質的なことは見えてこない。誰が何を反省し、どう改善していくのかが見えなくなる。火を消して悪く見えたものに蓋をして終わりになってしまう。誰も幸せになれない。

 

 

当該のケースでは中学生の親御さんも含めて双方にお話が成立しているようなので、それ以上どうこう言えることではないんだろうと思うのだけれど、こうやって悪者探しをする流れが音楽家さんの活動そのものや中学生の私生活、あのイベント全体への悪影響になるような気がして、危惧しています。

トイレットペーパーが切れたのに補充しなかった自分を救ったホルダーの進化と、さらなる構造化

「トイレットペーパーが切れたのに補充しなかったら半殺し」

昔観たテレビで俳優の哀川翔氏が自分の子育ての流儀を話している中でそう言っていて、そうだそうだ自分が入った時に切れてたままだと前に入ったやつ誰だ!って思うよなぁと思ったことがあって。

 

じゃあかくいう自分はと言われたら、哀川翔の子供だったら何度半殺しにされていたかわからない。

 

なぜ補充しないのか、その理由は簡単、恐ろしくめんどくさかったから。

そんなことと思うかもしれないけれど、本当にただただめんどくさかった。

 

あのカチッとはまっているのを両手を使って外さないといけない。

そして芯を取り出し、さらにどこかに置かれている新しいトイレットペーパーをひとつ取り(場合によっては包みを破いたりする必要もあり)カチッとハマめないといけない、あぁめんどくさい。

 

最近のホルダー、ものすごく簡単に芯を取り出して交換ができるじゃないですか。

いつだったかの記憶はおぼろげだけれど初めてあれに出会った時にものすごい衝撃を受けたのは覚えてます。

すごい発明だ!!!って感動したの、トイレの中で。

 

実はそれ以来、切れているのに補充しなかったことってないんです。

それくらい私にとっては大きな革命でした、あのホルダーの進化。

 

夫との暮らしが始まる時にトイレの内装をどうするかという時にもトイレはあのホルダー!絶対あのホルダー!とこだわったほど。

 

そんな我が家ですが、あんなに交換しやすい(と私が感動した)ホルダーを設置しているにもかかわらず切れたまま放置されていることもしばしば…

 

キーーー!って思っていた頃もあったんだけど、自分をふりかえって思う。

うん、面倒なことはやらないよね。

私の血を引いてる子がやるわけないよね、言っても言っても改善しないなら、現状を見直すしかない。半殺しにするわけにもいかないから。

 

トイレを改めて眺めてみたら、補充用のトイレットペーパーは見た目を意識してトイレの高い位置の棚に隠すようにおいてた、うん、それやめよう。

 

ホルダーのすぐ下の座ったまま手が届く位置にトイレットペーパー置き場を作ったら補充率は飛躍的に上がったし、もし切れてても自分がすぐに手を出せるからイラっともしない。素敵。

 

今度は交換した後の芯をあちこちに放置される事案が発生した。

さてどうしたもんかと思って改めてトイレを見回すとゴミ箱は便座に座った状態から手が届きにくい位置にある、しかもフタがあるので捨てるためには立ち上がり、フタを取り、捨て、フタをするというステップがいくつも必要になる、良くない。

 

座ったまま手が届く位置にフタの無いゴミ箱を置くと、そこに順調に芯が溜まっていくように。

 

 

気長に、何度も何度も、切れたら補充しなさいねと伝え、できていたら褒め、というのもひとつの方法なのだろうと思う。そして、これまでしつけと言えばその方法(特に前半の伝え続ける部分)を指していたんじゃなかろうかと思う。

 

最近の自分の中の流行りでもあるのだけれど、「家族の一員としての役割を意識してほしい」という考えのもとで交換することをひとつのタスクとしてとらえ、自分が交換することで家族も助かる、役に立っている、という意識づけをしていくという方法もひとつだろうなとも思う。

 

でも。

効率よくできるものはそうする、やりやすいようにしておく、そうやって作業そのもののハードルを下げていく作業をおろそかにしない方がお互いに楽よな〜と思うのです。

 

洗濯を長男に教えるとき、割高なので避けていたジェルボールを導入しました。

「洗剤を入れる」という面倒で曖昧なタスクがひとつ簡略化されたことで洗濯機を回すハードルは確実に下がり、今は自分の部活のものは自分で、ときに家族のぶんも一緒に回してくれるようになりました。

 

作業を面倒なままにしてその方法でやるように求めてスムーズにいかないとき、その作業そのものを簡略化できたら。

何度も同じことを言ったり、めんどくさくて避けたことを責めたり、やってないことにイラっときたり、そういうのがだんだん減っていくんじゃないかなぁ、それだとお互いに楽じゃないかなぁ、と思ったりしています。

 

「ワンタッチ」素敵な響き。 

旅をするということ

今年の夏は広島に行って。

向こうの友人たちが集まってくれて一緒にアットホームなレストハウスに宿泊。

そこのご主人やおばあちゃま、お子さんたちとも短い間だったけれど触れ合う時間あって。

 

帰ってきてから、もう広島が懐かしい。

広い畳の部屋いっぱいに真っ白の布団をしきつめて子供達が遊んだり眠ったりしていたあのレストハウスが懐かしい。

友人とおしゃべりした夜が、一緒に歩いた街が、もう懐かしい。

 

毎年どこかしら、家族でちょっとした旅をするのだけれど、その度に帰った後にそこが懐かしくなる。

 

大分県と宮崎県の境にある小さな島に行った時にも、船でこちらに渡ってきた夜にはもう島が懐かしくなっていた不思議な感覚。

 

この間全国区のテレビ番組でその島が取り上げられていて、船着場でおしゃべりをした最年長のおばあちゃんやお世話してくれたお兄さんたちがうつっていて。

次男が「次来る時まで生きててね!」と声をかけたおばあちゃんは今も元気で、当時はいい感じの雰囲気だったお兄さんとお手伝いのお姉さんは結婚して子供まで生まれていて!

あぁまた行きたい、会いに行きたい、と思う。

 

広島も、島も、たった1日か2日そこにいただけなのに。

 

そうかこれが私にとって旅をするということなのかもしれない、と思う。

 

観光地を巡ることも、史跡で学んだり行楽をしたりすることも、もちろん一つの目的。

でも、そこで人に接すること、自分が居た場所が懐かしい場所になること。

それが私にとって、旅の醍醐味なのかもしれないなぁと。

 

これまで行ってきた色々な場所を時々思い返す。

 

蒸し暑かったホーチミンの街にあったあのホテルはまだあるだろうか。

ただの宿泊客だった私がなぜか従業員の退職パーティーに誘われて一緒にカラオケをしたあの不思議な夜。

 

あちこちでの思い出と出会った人たち、あちこちにある、なんとなく故郷っぽい場所。

死ぬまでにそんな場所が、いくつ増えるかしら。

ことりっぷ 広島・宮島 (旅行ガイド)

ことりっぷ 広島・宮島 (旅行ガイド)

 

蝉の鳴く広島を訪れました。

いつも迎える、戦争を考える夏、今年は私にとって少し違うものでした。

 こちらは3年前のエントリ。

毎年こうやって7月の終わり頃から戦争について意識を強めていたような気がします。

 

映画「この世界の片隅に

去年と今年で違うことがあるとしたらその一つは、この映画の公開だったと思います。

原作に衝撃を受けた私が、映画アニメ化のクラウドファンディングという話を聞いて飛びつくのは自然なことでした。

幸運にも支援者として映画のエンドロールに名前を刻んでいただけたこと、それを子供たちと一緒に観に行けたこと。

 

この作品や原作者こうの史代さんが描かれた『夕凪の街 桜の国』の舞台でもあった広島の街、一度足を運んでみたいとずっと思い続けて来ましたが、映画の公開を受けてますますその気持ちは強くなっていました。

 

一路、広島へ

行きたい行きたいと思いながらも慌ただしい毎日の中でなかなか自分で計画しての旅行ができずにいたのだけれど、たまたま現地の友人たちと話している中で「この日ならみんなで集まれるよ!」っていう日があって、近くのゲストハウスの予約が空いてることも確認してくれた友人たち、よしそれなら行っちゃうよ!と勢いで1泊旅行を計画、夫に無謀だ無謀だと言われながら、子供4人を乗せて関門海峡を越えて広島を目指しました。

 

子供たちと観た初めての広島の街並み

友人の家の近くに車を停め、市電に乗って相生橋のたもとへ。

電車を降りた私たちの目に飛び込んで来たのは、何度も何度も映像や印刷物で目にして来た、原爆ドームでした。

 

原爆ドーム

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投下直後の写真では何もない中にポツンと建っている印象の強かった原爆ドームですが、今では周りに高い建物もたくさん建っているので想像より小さな印象ではありました。

それでもそこに集まるたくさんの人と周りの木々、これまで訪れたことのあるどの場所とも違う、不思議な感じのする場所でした。

 

立ち入り禁止の建物内には調査をされているらしい一群。友人曰く、補修工事などが定期的に行われているのでそのためではないかとのこと。保存のためにも相当な手を加え続けられているのが垣間見えます。

 

ドームの周りには私たちのような旅行者、海外の方もたくさん。

何かの課題なのかな、ドームの絵を描いている子たち、見学者向けのガイドをされている方、何かしらの署名を募っている方…

 

ドームのそばを流れる川、階段があり、川のそばに近寄れるようになっていました。

川遊びが好きな6歳の末っ子はささっとそこに降りて行って「川で遊びたい!」と無邪気に言います。

戸惑う私に現地の友人が「この川にはまだ遺骨が眠ってるかも」と教えてくれました。ご遺体はひきあげて火葬されたりもしているそうです。

 

小さな息子にわかってもらえるようゆっくり丁寧に、この川のことを話しました。

この街の人がたくさん亡くなった場所だから、ここは祈りの場所なんだよ、と。

 

毎年の平和学習や本などで原爆のことを知っている上の子たちは、ここがあの絵に描かれていた遺体で水面が埋まってしまっていた川だと気づいたようでした。

 

 

平和記念公園では1週間後に控えた6日の式典の準備が行われているところ。

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テレビでよく見るあの白いテントが建てられ、椅子を並べるための目印の紐を張る作業が行われていました。

 

レストハウス

ドームの後に目指したのはレストハウス

目的は『この世界の片隅に』のロケ地マップ。

「この世界の片隅に」を支援する呉・広島の会 - 当会の活動

 

私がレストハウスにいる間にも何人かの方が係りの方にロケ地マップの場所を尋ねていました。

何気なくお土産を見たりお茶を飲んだりして休憩していたら友人が「ここも被曝建物なんよ」と教えてくれました。

 

「被曝建物」この言葉をこの後広島市内を歩きながら、何度も見聞きすることになります。

 

資料館へ

子供達が全部見られるか…と不安になりつつ平和記念資料館へ。

本館は工事で閉鎖中だったため、東館のみ。

ひとまず1階の無料展示の企画展「1945年8月6日―原子爆弾による被害の概要」を見学。

色々な媒体で紹介されているしんちゃんの三輪車や焦げたお弁当箱、禎子さんの折り鶴など子供達も知っているものが並んでいました。

壁面では原爆投下後の街の様子や怪我をした人たちの写真などのパネル展示が。

 

中学生の男の子たちの洋服を着せた人形の横に立つ中1の長男、当時の子供達が今よりかなり体が小さかったことがうかがえます。

 

昨年の修学旅行で長崎の資料館を訪れていた長男やこれまで平和学習を受けている次男や娘にとっては学びにつながるだろうと思いつつ、小1の末っ子にはまだ早いだろうなぁと思っていました。案の定途中でかなり退屈してしまっていたのですが、それでもここで根気強く連れ回っていたことが後日大きく彼の中で意味を持つことになります。それはまた後ほど。

 

三男も退屈しているし有料展示の方はどうしようか、と思っていたところで次男がしんどそうにしているのに気づきました。彼は見たものをそのまま受け取るのではなくそこに乗っかる感情まで想像を膨らませてしまうことがこれまでにもよくありました。展示から大きすぎるものを受け取ってしまったんだろうな、ここから先はまた子供達がそれぞれ大きくなった時に、と思って資料館を後にしました。

 

商店街を歩いて、袋町小学校へ

友人の勧めで、袋町小学校平和資料館を訪ねました。(平和資料館

こちらも被曝建物ですが、開館されたのは平成15年と比較的最近です。

鉄筋コンクリート造だった校舎の一部が残ったこの小学校、原爆の翌年授業が再開されてからは壁が塗り直されて誰にも気づかれないままひっそりと残されていた壁の「伝言板」」が平成11年に発見され、資料館として保存・展示されています。

 

原爆で焼けたススで真っ黒になった壁には家族や知人を探すためにチョークで書かれた名前や伝言がびっしりと書き残されていました。

 

街の中を歩く

広島の街をあちこちを歩きながら、娘が「ここにも」と街中に設置されている被曝建物を紹介するモニュメントに気づきました。

あっちにもあったよ、と教えてくれた娘。

そのあともあちこちで被曝の様子を知らせる展示やモニュメントが街の中に点在しているのを見て、改めてこの街が72年間の長い間ずっと、被曝という現実と一緒に歩んできているんだということを痛感しました。

一緒に歩いてくれた友人は被曝3世、恐らくはこの街を歩くたくさんの人の中にも、被爆者のかたやその血縁の方も多くいらしたんだろうな、と。

 

おわりに

この世界の片隅に』の中ですずさんたちの暮らしの中に当たり前すぎるほど当たり前に戦争という現実がついてきていたように、この街には当たり前に被曝という現実が今も一緒に生きてるんだということ。

広島の街を歩いて見て一番印象が残ったのは、自分がそれに気づいたことかもしれません。

 

私が1年の間のたった1ヶ月くらいの間に意識している戦争ということや原爆のこと、でもこの街ではそうじゃないんだということを改めて感じました。

たくさんの被曝建物がある街、被曝体験を持つ人たちがいる街、その中にある、当たり前の暮らし。

 

もちろん、個人差も温度差もあると思う。いろんな思いがそこにあるんだろうとも思うけれど、その当たり前の暮らしを少し追体験させてもらえたこと、垣間見させてもらえたこと、何を見た、どこへ行った、というのとはまたちょっと違う経験だったような気がします。

 

おまけの後日談

旅行から帰ってからの今年の平和学習、1年生の末っ子のクラスでは先生が「しんちゃんの三輪車」のお話をしてくれたんだそうです。

広島で現物を見ていたけれどイマイチよくわかっていなかった三男、教室でいろんなピースがピタッとハマって「僕見てきたよ!」と先生に言ったそうです。

先生の促しで広島で見てきた色々なものをみんなに話す場を持たせてもらったらしく、帰ってから「たくさん発表したの」と話してくれました。

 

まだ早いだろう、あまり覚えてないだろう、と思いながらお兄ちゃんたちの付き添いとして資料館を訪れていた三男だったけれど、その後の経験で彼の中であの日の資料館で見たものが意味あるものとして根付いたんだなぁと。

 

先生からのお話で、三輪車のことやお弁当箱、焼けた洋服、街の写真などをたくさん見たのだと話していたそうです。

館内でずっと「まだお外にでないのー」ってグダグダ繰り返してたからちゃんと見てなかったと思い込んでいたのですが、実際にはそこにあったものをかなり見て覚えていたようです。

 

「まだ早い」っていうのも私が決めるようなことじゃなかったんだなぁ、と、三男をお留守番させようかとチラッと思った自分の勘が外れたことがなんかちょっと嬉しかった、そんな後日談でした。

 

 改めて読み返したいなぁ。

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