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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

読書感想画の、忘れられない思い出。


小学生のこどもたち3人がそれぞれどっさり夏休みの宿題を持って帰ってきた。

ドリル、プリント、書写、漢字の書き取りに読書感想文、読書感想画…。

 

読書感想画には、忘れられない記憶がある。

6年生の頃。

私が選んだのは東京大空襲被災した少女を描いた高木敏子さんの「ガラスのうさぎ」

小さい頃から自宅にあって、何度か読んでいた本だった。

感想画として私が考えたのは、焼け残ったガラスのうさぎを手に焼け野原に立つ少女の図。

それは今から考えたら表紙や中の挿絵に酷似していたような気もするのだけど。

 

大空襲、焼け野原、立ち尽くす少女。

12歳の私はその絵を、黒だけで描きたいと思った。

水彩絵の具の黒だけを使って、水墨画のような濃淡でかきわけようと。

 

下書きをして、色を塗り始めて。

少女の背後、焼け野原の中に、私は瓦礫が燃えているところを描いていた。

そこを黒で塗るべきなのかで、筆を止めた。

 

担任の先生は

「そこは真っ赤を、炎の赤を入れるとぐっと良くなると思う」

と助言してくれた。

 

 

私は悩まなかった。

黒、黒で描きたい。その意志を貫いて、黒に少しの赤を混ぜた濁った色でその炎を塗った。出来上がった絵は、私にとっては満足のいく出来だった。

 

 

先生は残念そうな顔をした。

とても良かったのに、と。赤にすればもっと良くなったのに、と。

展覧会へ出品する作品に選ぼうと思っていたのに、と。

 

 

 

20年以上経って、今私が同じ絵を描いたら、あの炎を赤く塗るかもしれない、と思う。

そのほうが絵全体が引き締まって、よい絵になっていたのではないか、と。

でもあの時は、そう思わなかった。私は黒だと思った。

 

あのときの私には、赤にする良さは分からなかった。

それは12歳だったからなのか、頑固だったからなのか、美術の知識がなかったからなのか、それは分からない。

 

今大人になってみれば、そうしておけばもっと良い結果が待っていたのだな、というのは分かる。

でも当時の私には、黒という答えしかなかった。

それを貫いた私に悲しい顔をする担任を今でも忘れられない。

 

 

大人は、答えを知っている。

どうすれば良い結果を得られるか、どうすれば楽になるか、どうすれば嫌な思いをせずに済むか、子どもたちが歩いていく道のりに落ちている石を拾う方法を知っている。

だから、教えたい。伝えたい。

 

でも、それを直球で伝えても子どもたちはその石を教えた方法で拾わないことは育児の中で何度も経験してきた。

 

なんで教えたとおりにやってくれないんだろう、こうすれば簡単なのに、こうすれば楽なのに、早いのに。

 

 

でも私がどうしても黒で塗りたかったように、子どもたちも自分の気持ちがあるのだよねと思う。

自分で石につまづいたり、石の前で考えたりしなくてはならないのかもしれない。

 

 

そして、私にとって黒で描いたその感想画が誇らしかったように、私から見たら邪魔でしかないその石は、子どもたちにとっては成長のための大事な宝物なのかもしれない。

 

 

長い長い夏休み、3人分の宿題をどう片付けていくのかは頭が痛い問題なのだけど、彼らがそれにどう取り組んでいくのかを、遠くの木の上から眺めることも時には必要なんだろうな。

 

君らの問題は、君らだけのものだから。

その問題に、君らが自分なりのやり方で取り組めるようにするのが母ちゃんたちの仕事なのかもしれないね。

 

いざ、夏休み。

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