読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

「かあちゃんは、笑え」


ほんまでっかTVに出演されていたという、心理カウンセラーのおじいちゃま先生のツイートが流れてきました。

 

これに対して、母親だけの話じゃないだろうというご意見や、誰だって機嫌よくいたいだろうになぜ不機嫌なのかを考えないと、というご意見がちらほら。

 

うん、そうだよねえ、お父さんもお母さんも、機嫌よくいる家庭で育つのが一番いい、そんなこた誰でもわかってることで、それが出来ないからみんな悩んでる。

 

そんなことを思いながら自分の子どもたちと過ごしてきた時間を振り返りながら、それでもやっぱり思うのです。

かーちゃんは、笑ってなきゃだめだ、と。

 

私もなぜだかは分からないけど、子どもたちはまるでリトマス試験紙のように母親である私の不安定を敏感にかんじとってしまいます。夫が不機嫌なときはそうでもないのに。これ、父親が主に育児を担っている家庭だと逆転するんだろか、それは私もソースがないので分かりませんが。

 

昨日、子どもたちが録画したトトロを観ていました。

さつきちゃんが、お母さんの外泊が延期になった知らせを受けてこれまで張り詰めていた思いが流れ出して泣いてしまうシーン、絶対的な存在だと思っていたお姉ちゃんが泣いている。歳の離れた妹であるメイにとって、母親代わりの姉が取り乱す姿は衝撃だろうという映画評を何かで読んだのを思い出しました。

 

その画面を眺めながら、あぁ小さな子どもたちにとっての母親(や主な養育者)というのは、メイにとってさつきちゃんか、それ以上の絶対的な拠り所なのだろうなとふと思いました。

 

この人がぶれたら自分の存在が危うい、そう本能で感じ取ってしまうほどの、絶対的な存在なのかもなぁと、そして自分が子どもたちにとってそういう存在としてちゃんと成り立てているのかなぁと不安にもなりました。

 

ギャングエイジ~幼稚園児までの我が家の4人の子どもたちは、私が夫との喧嘩や仕事でのトラブル、対人関係等々で精神的に不安定になっているときは、本当に鏡のように学校や園でトラブルを起こして担任から連絡が来たり、おねしょをしたり、普段出来ることが出来なくなったり、目に見える反応を示してくれます。

そしてそのたびに、あぁちゃんとしなきゃいけないと猛省する自分がいます。

これがもうすこし大きくなるとこんなに目に見えるような形ではない反応として現れるのかもなぁと思ったりもします。

 

子どもたちのトラブルのすべてが母親のせいなわけではけしてなくて、頑張ってもどうにもならないことのほうがたぶん多い。

でも、かあちゃんが踏ん張れるかどうかで子どもの安定もまた大きく変わってくるのも事実だと、やっぱり私は思うのです。

 

だから、かあちゃんは笑え、と思う。

自分に呪文のように言い聞かせる。

子どもたちが起きているときは、子どもたちと一緒にいるときは、

泣きたくても、辛くても、壊れてしまいそうでも、やっぱり笑わなきゃいかんと思う。

その踏ん張りで子どもたちが少しでも楽になれると思うから。

 

 

そして、子どもたちが寝たあとに盛大に泣けばいい。

成人の家族に泣きつくもよし、甘いものや好きなものを気兼ねなく食べて自分を慰めるもよし、友だちに電話するもよし、ネットで吐き出すもよし。

ストレスの吐き出し方を自分なりに模索して、子どもにぶつけない方法を考えたい。

問題の根本を考えて解決に導くことも大事なステップなのだけど、それが自分の思うとおりに叶わないことだってある。そのときに、誰かのせいにして自分のストレスをうまく解消できなかったら、それは結果として子どもたちが被害に遭うことになってしまうような気がするのです。

 

今朝も、朝ごはんのときに喧嘩した子どもたちを叱りつつやはりイライラしてしまった小さな自分が情けない。でも冷静に考えると、私は寝起きでテンション低かった。なかなか食卓に来ない子どもたちについ大きな声を出した。

 

朝から機嫌よく対応してかつ喧嘩にならない物理的な配慮(配膳の順番を考える等々)をしていたら防げた喧嘩だったのかもしれないとあとになって思う。

かあちゃんの不機嫌は子どもたちの負のループの引き金になる。

兄弟がいたら家の中の喧嘩で始まるから目に付きやすいけど、この負の連鎖が家の外に続いていったら、見えないところでスタートしたら、そう思うとやっぱりものすごく怖い。

 

かあちゃんはいつも、目の前にリトマス試験紙をぶら下げられて試されてる。

自分次第で子どもたちが露骨に影響を受けるのを知ってる。

だから、笑いたくても笑えないとき自分を責めてしまって余計苦しくなる。

 

それでも私はもうひと頑張り、笑おうと、あえて自分に課す。

だってかあちゃんだから。産んだから。育ててるから。

そこからは、逃げられないから。

 

んで、がんばってふんばって、子どもたちを寝かせてから盛大に自分を甘やかす。

耐えるだけ耐えても、誰も幸せにはなれないから。

 

かあちゃんは、笑おう。

そして、そうやってかあちゃんが頑張って笑ってることを、旦那さんが周りの家族が友人が、ちゃんと気づいて、支えてあげられたらいいなと思うのです。

スポンサードリンク