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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

吐いた言葉と吐かれた言葉の重さが違うという、自分の中の矛盾について。


ほう太パパさんの一昨日のエントリ

イクメンの疲れが倍増する妻の言動 - ほう太パパの七転び八起き

を受けて、いろんな方が育児に関る夫婦間の問題について言及されていてとても興味深く読ませていただいています。

 

今日は、今朝流れてきたこの匿名ダイアリー

嫁の「子育てしてない奴が意見するな」がムカつく

を読んで、これは、と感じたことから悶々と考えていました。

 

この増田さんの記事の中には、奥さまとの喧嘩の内容がわりと詳しく描かれています。

この一語一語を検証して夫婦関係の改善や育児環境の向上につながるか、というと、実はそうじゃないなと私は思うのですね。言葉の内容って、実はそんなに重要ではないんじゃないか、と思うのです。

 

夫婦関係でも友人関係でも親子喧嘩でもそうだなぁと思うのですが、お互いがカッとなっての言い合いのとき、言葉と言うのはその内容が正確な本音であるかとか本当に伝えたいと日々思っていたことを吐き出すために使うとかではなく、単なる武器と化すような気がするのです。

相手にいかにダメージを与えられるかという選択のもとに選んで吐き出して投げる爆弾のようなもの。

 

それは、子どもたちの日々の喧嘩を眺めていても感じるし、自分が精神的に参っているときに夫と口論になるときもそうだなと思うのです。

 

数日前、息子の担任から連絡を受けて学校へ出向きました。

前日に、息子本人から友人と喧嘩になったこととその経緯を聞いていたので、予想はついていました。案の定息子が話してくれた内容と相手の子が家で語った内容にはかなりの隔たりがあり、先生がそれを一つずつ検証されたようです。

何が発端なのか、○○くんがなにをしたのか、なんていったのか、それにどう答えたのか…二人の食い違う証言とその場を見ていたという子たちの証言を繋げながら、先生が状況をおおまかに構築して、息子と相手の子に細かく指導をされたようです。

 

息子は「~~って言われた」と相手の子から言われた言葉に憤慨して喧嘩にいたったと。怒る気持ちはわかります。彼のコンプレックスを的確に突く暴言だったから。喧嘩がエスカレートしたのはその言われた言葉にカッときたことも大きかったんだろうな。

 

学校の帰り道、彼としたのは、喧嘩をしちゃだめだという先生の話とは少し違う筋のお話。

 

息子は友人の、「自分が言われたくない言葉」に酷く傷ついてカッとした。その言葉はいまも心の中に残っていて、嫌な気持ちになるという。うん、その気持ちはわかる。

じゃあ、そのお友だちが毎日君に対してその言葉をずっと思い続けていていつも口にしたりなんでもないときにも言われたりしているかというとそうでもないよね、と。

 

自分が喧嘩をしているとき、相手にどんな言葉をぶつけようかというとき。

そのとき君は「僕がどんな言葉を伝えたいか」ではなくて「どんな言葉を言えば相手が酷く傷つくか」を考えてない?と問いかけるとしばらく考えてからうなずく息子。

 

君に対してぶつけられた友人の言葉も、そうじゃないかなと母ちゃんは思う。

些細なことで口論が始まって、そこでいかに君を傷つけようかと考えて出てきたのがその言葉なんじゃないかな。友だちにとっては、ただ君を痛めつけるための道具でしかなかった言葉で、中身はそんなに大事じゃなかったのかもしれない。

その言葉が辛かった、その気持ちは大事にしなきゃいけないけど、君がずっとその言葉を言われたという目で友だちを見ていたらいつまでも辛いと思う。

 

そんなことを話しながら家までの道を歩きました。

 

喧嘩したとき吐き出した言葉。

それは、吐き出す本人にとってはその言葉の中身が何であるかよりも「いかに傷つけるか」を重きを置いたものなのかもしれない。

でも言われた側にとってみたら、その言葉の中身は「相手の本音が出た」ような気がして重く重く受け止めてしまうのかもしれない。

 

家を目の前にして最後に息子に言ったこと。

 

自分が相手を傷つけるために言った何気ない言葉が相手をひどく傷つけているかもしれない、それはとても怖いことだなぁと思う。それは、自分が相手に言葉をかけるときに気をつけないといけないことだね、母ちゃんも気をつけないかんわ。

 

息子は私と夫の夫婦喧嘩をたまたま目撃してしまったことがあるのでそれを思い出したのか、へへへとちょっと笑いました。

 

文頭に上げた匿名のエントリもそうじゃないかな、と思うのです。

書かれた方は妻からいわれた言葉の重みそのものを受け止めて抱えてる。

でも妻にとってそれは日々思っている本音だったんだろうか。言い合っている言葉の一つ一つが、夫婦にとってお互いに感じている本音だったのか、そうではない、言い争いのためのただの武器と化していたのか。

 

本当のところはこのご夫婦それぞれにしか分からないと思います。

でも喧嘩の中で相手を傷つけたい一心でつい言い過ぎてしまうこと、お互いに甘えのある親子や夫婦の関係の中でそれはわりと起こりやすいことじゃないかと思っています。

甘えなんですよね、そう、結局甘えてるからこそ出てしまう。

 

私はこのエントリを読んで、あぁ奥さんは旦那さんに甘えてるんだろなぁと感じました。

暴言を吐いてもストレスから八つ当たりしても旦那さんが本当に怒って離婚を言い出したりしないことが分かってるから言えるんだろうな、と。

でもそうやって自分が甘えてイライラをぶつけた結果の言葉が、相手にとってはこんな風に重く重く受け止められてしまって、どんどん溝が深まってしまう。

言われたほうも甘えがあるから売り言葉買い言葉で相手を痛めつける言葉を吐き出してしまう。

 

この関係は、ずるずるお互いがお互いに言われた言葉を大きく受け止めては蓄積を続けていってしまうような気がしてしまいました。

 

自分自身を振り返ってみても、勝手だなぁと思うのです。

自分が喧嘩の中で何気なく言ってしまったことについて後になってあぁそんなつもりじゃなかったなぁごめんねって思う反面、言われたことについてはネチネチ根に持ってしまう。

 

この自分の中の矛盾を、自分で理解してないと自分ばっかり被害者ヅラすることになっちゃうんだろうなと。自分でどんどん殻を厚くして自分は悪くないと思っちゃうと誰かを頼ったり仲良くしたりは難しい。

 

吐き出した言葉は自分が思っている以上に重いかもしれないこと。(状況や相手によっては想像をはるかに超える重さになることもあること)

吐き出された言葉は自分が思っている以上に気軽に出されてしまっているかもしれないこと。

 

これは、自分を律するためにずっと頭においておかないといけないことだな、と今回息子の件を踏まえて改めて思いました。

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