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スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

「夫が早く帰りさえすれば」という呪縛


これは、書いておきたい。

そう思う記事に夜中であってしまったので、これから行事で忙しいんだけどちょっと時間が取れたので衝動に駆られて書いています。(慌てているので誤字脱字が多いかもしれません、あとで見つけたら修正します、ごめんなさい)

 

その記事は、これです。

世の中の母は頑張りすぎていないか? ――口内炎30個発生の原因を探る : MAMApicks -子育て・育児・教育ニュース&コラムサイト-

 

口内炎が口の中に30個以上できた、ワーキングマザーの二児の母である筆者さん。

もともとできやすい体質だったとのことですが、1つ出来ても悶絶して気になって仕方ない私からしたらそんな辛い状況、どれだけのストレスが、と思ってしまいました。

 

娘さんは3歳と小4、ご主人の帰宅は毎日22時過ぎ。

口内炎のことで受診したら医師に検査を勧められる。ストレスが溜まっているのでは、という指摘に筆者は

最近は3歳の次女とともに21時~22時の間には寝て、朝4時には起きるという規則正しい生活で、食事も食材は生協中心、加工食品は極力使わず、ヒジキや豆など、どちらかというと「体にいい」といわれるものが中心だ。学生の頃とは異なり、不摂生な生活はこれっぽっちもしていない。そう自慢できるくらいである。 

 と首をかしげるも1つ思い当たること、それが「夫との関係」

次女は保育園に預けている。彼女をピックアップして自宅に戻るのが、だいたい18時半過ぎ。小4の長女からの「夜8時半には寝たい」との要望に応えるべく、猛ダッシュで、料理、食事、入浴……そして食事の片づけ、洗濯物取り込み、たたみ……などなどを、約2時間で済ませなくてはならない。まあ、後半の3つは夫に託すとしても。

「お腹すいたー」とわめく次女に、煮干しやバナナを与えながら、朝に仕込んであったモノに手を加えて夕食のしたく。食べ始めるのが19時過ぎ。食事がスムーズにいくこともあるが、たいていは、「お姉ちゃんが足触った!」「そっちが先にやったんでしょ!」と、姉妹げんかが始まる。双方をなだめる余裕がない時は、「もう、今度から自分たちで食事作って!」と、大人げない対応をする。そうなると長女はふてくされ、次女が泣き出す。

……はあ、またやってしまった。自己嫌悪に陥る。自称「子ども好き」だったはずの私が、なんでわが子にこんな仕打ちをしてしまうのだろう? 完全に私はイライラしている、という自覚があった。そして、そんな時にいつも思う。この時間帯に夫がいてくれれば、と。 

 

この段階で、あぁ、と思ったんですね。

具体的な対処以前に「夫が早く帰りさえすれば」という呪いにかかっているのだな、と。ここで立ち止まっていたら、それはストレスが溜まるだろうなと。

 

夫が早く帰ってくれさえすればいい、それは頑張れば出来るはずだろう「けどやってないよね?」という心理。

それは、相手に透けて見える。

だから連絡用のノートにそれを書き連ねたら、夫から返ってくるのは労いの言葉でも改善努力の約束でもなく

そんな私の責めに嫌気が差していたのであろう。彼の返信には、逆に私への「改善要望」が書き連ねられてあった。こうなると、もう、水掛け論になるだけ。

なのです。

自分がギリギリのところで頑張っている、というのが例え事実であったとしても、その改善の為に誰かに助けを求める必要があったとしても、そこに

「あなたは出来るはずのことを怠慢でやってないと私は評価しています」

と相手に伝わってしまったら。

 

逆の立場で考えると良いと思う。

自分が自分の中で精一杯やっている(と思っている)時に「努力が足りない、もっと頑張れば出来るはずだ、周りの~~さんはこうしてる、ネットで読んだ記事の~~さんはこうしてる、やればできるはずだ、その努力を惜しんでいるから私が大変なんだ」と言われたら。

素直に改善のための努力が出来るだろうか、その気持ちがわくだろうか。

 

夫婦なのだから、家族なのだから、家庭を回すことも育児もお互いに思いあって分担するのは当たり前、なのだからそんなこと言わなくても努力して当たり前、なのかもしれない。

 

でも、自分とは違う相手の環境は、解るようでなかなか解らない。

この記事の中でも筆者は、

ワーク・ライフ・バランスの記事やら、残業時間短縮を実現した企業事例の記事やらをチラつかせ、「やろうと思えばできるんだよ!」と発言していた私。しかし、彼の勤める中小企業は、そんな人的余裕も何もない。巷では「残業代ゼロ」が話題だが、とっくの昔というか最初から夫の会社はいくら残業しても徹夜しても、残業代なんて存在しないシステムの働き方なのであった。

と冷静に書いている。

そう、冷静に考えれば求められても簡単には出来ないこと、個人で出来る範囲は限られていること、劇的な改革なんて簡単には持ち出しにくい会社もあること等、夫ひとりが何か頑張れば解決するわけではないことはわかったりする。

 

でも、ストレス要素の渦中に居るときにはそれが見えない。

おなかをすかせたり、泣いたり、喧嘩したり、要求を持ちかけたり、そんな子供たちの相手をしながら話を聞き、叱り、家事を片付け…その忙しくわずらわしい作業に翻弄されているとその、冷静に考えれば見えてくることが見えなくなる。

 

「夫がここに居てくれさえすれば」

「夫が早く帰りさえすれば」

 

私はこんな思いをしなくて済むのに、と思う。

 

それが、ストレスの根源なのではないかな、と思うのです。

自分の大変さを、第三者に協力を求めることではなく「第三者が変わることを求めている」から辛い、それが叶わないとストレスと言う形で自分に降りかかってくる、それが、口内炎だったり他の身体の症状として現れてしまうこともあると思うし、お酒に逃げたり、子どもたちへの対応に跳ね返ってしまうこともあるのかもしれない。

 

夫はパートナーだから、子の親だから、努力義務はある。

そこから逃げてもらっては困る。それは事実。

 

でも、夫だから父親だから、こんなことが出来るはずだ、すべきだ、と押し付けることもまた、最終的に自分を苦しめることになると私は思う。

 

だってその思想は

「妻だから母親だから」

丁寧に手作りした食事を作って子どもたちに食べさせなければならない

家族揃って食卓を囲めるようにしなくてはならない

子どもが望んだことは叶えてやらないといけない

という自分への足かせになってしまうから。

 

食事が毎食、栄養バランスの整った加工食品を使わない品数の多いものでなくてもいいんじゃないかな。

家族が全員揃っていなくてもご飯が楽しく食べられたらそれでいいんじゃないかな。

小学生の娘が8時半に寝たいと主張するなら、ただ叶えるために母親が尽力するんじゃなくて、それを可能にするためにどうすればいいかを一緒に話し合うのもありじゃないかな。

と私は思います。

 

自分の要求を通すためにどんな協力をすれば母親が楽になるか考えることも良い経験になるんじゃないかな。

健常と仮定してだけど、4年生だったら食事の用意もある程度は出来ると思う。単品でもいいし、お母さんが下ごしらえしたものを自分で仕上げるだけにしといてもいいだろうし。

子どもの協力を促す、家事のボリュームを減らす、家電を使う、家事代行を定期的に利用する、自分の「ここまでやらないといけない」と思うレベルを下げる。

 

「夫が早く帰ってきてくれさえすれば」の呪いにかかっていたら、その改善対策を自分で考えることが出来なくなる。どんな案を考えても「夫がいさえすればやらなくていいのに」という悪魔の声が聞こえてくるから。

 

「夫が早く帰ってきてくれたら助かる」のは事実だけど、それさえあれば私は楽になるのに、とそこに固執し続けても誰も幸せにはなれない。

もちろん、国や組織全体の取り組みとして、少子化対策や家庭環境の改善のために父親を早く家に帰せるような取り組みと言うのは必要と思う。でも、それはあくまでも大きな単位での話で、個人レベルでは出来ることは限られていると思う。出来ている人もいるし、努力すれば出来る人もいると思うけど、それはスーパーワーキングマザーと同じことが自分には出来ないように、目の前の夫には目の前の夫の資質と環境の中で出来ることしか出来ない。

 

「なるべく早く帰って欲しい」という要望を表明したら、あとはどう努力するも相手の範疇のことだからそれ以上はどうすることも出来ない。

だから、呪縛を逃れて冷静に、今この家の状況でどうやって家族を笑顔にするか、を考えなければならないのではないかな、と思うし、それがひいては自分が楽になる方法なのではないかな、と思うのです。

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