スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

少年スポーツの保護者負担や性的役割分担の話に思うこと。


朝ぼんやりTLを眺めていたらお子さんが少年野球を始められたらしい方のツイートが流れてきていました。

 

(引用はしないので気になる方は検索していただけましたら)


その方が書かれていたのは送迎の負担やお茶当番などの負担だったように思います。

お当番は母親がやるものとされているような、性的役割分担の傾向が強いことにも触れられていました。

 

私も息子が小学校の頃に少年サッカーチームに所属し、その後中学の部活を経験していく中でこのような親の負担問題について直面してきたので色々と思い出したりしたところです。

 

現状、サッカーをやりたい末っ子を長男のいたスポーツ少年団ではなくプロコーチが基礎を教える楽しさ優先のサッカー教室に通わせているあたりで色々お察しいただければ…という感じではありますが、今日はちょっとこのスポーツの保護者負担問題から派生して考えたことを書いてみようと思います。

 

 

 

少年スポーツにつきものの、保護者負担

私の息子が所属していたのはサッカーチームなので野球ほど強固なものではなかったとは思うのですが、それでもお茶当番や送迎、子どもたちのお世話などが保護者会のやるべきこととして存在していました。

 

役員をしていた6年生のころには練習日にはほとんどグラウンドに出向き、毎週土日どちらも遠征や練習試合のお世話…

生活をまるまるサッカーに捧げたような1年間を過ごしました。

 

サッカーでは「母親がやるべき」という性的な役割負担はそう強くなかったような気がしますが、それでもお父さんは指導の手伝い(お父さんコーチという言葉があった時期もありました)でお母さんはお茶やお世話の手伝い、という雰囲気はじわっとあったような気がします。

 

うちの子は野球チームに入ったことはないのですが、参加経験のある親御さんの話を聞くと野球はこの辺の性的役割分担の色がサッカーより濃い印象はありました。

持病があるママさんのご家庭が「お手伝いは父親が行きます」と言うと周りのお母さんにすごく驚かれ拒否され、母親が出ざるを得なくなった話も聞いたことも。

 

少し前、たまたま高校野球の練習試合をやっているところに居合わせたことがあります。

球児のお母さんであろう女性が複数人、同じTシャツを着てお茶を配って回る場面に出会い「あぁ、高校生になってもお母さんがやるんだ…」と衝撃を受けました…

 

廃れつつあるもの…と思っていたのだけれど

このような保護者負担は大昔の名残が一部に根強く残っているもの…と思っていましたが、息子が中学に入り部活を始めたときから、アレ?と思うようになりました。

 

部活には保護者会が存在していて、入部してすぐに新入生保護者が集まり役員を決め、保護者会費の徴収や、試合のお茶当番や先生のお世話係を順番に回す説明がありました。

 

私自身が中学で部活をしていた頃に学校の部活に保護者が関わるということはなかったんですね。

飲み物は自分たちで用意していたし、顧問が電話注文した弁当を部員で連れ立って買いに行った記憶もあります。親が試合を見に来ることすらほとんどなかったように思います。

当時のことを両親に聞いたら「保護者会などなかったし、学校に払う以上の徴収も無かった、試合は見に行きたかったけどみんな行ってもなかったしあなたに来るなと言われたから行かなかった」と返ってきました。

 

昔はなかった中学の部活の保護者会がどこかの段階で発生し、そして子どもたちや顧問のお世話をする仕組みがだんだんとできていったんだなぁと。

私たちの頃は中体連など学校の関わる公式戦しかありませんでしたが、市外県外の大会参加が増えてきて保護者が関わる機会が増えてきたのも背景にあるようです。

 

少年サッカーや少年野球などの子どもをとりまくスポーツでも、保護者負担の傾向や性的役割分担の色は今も一部では加速する形で残っているのかもしれないなぁと感じたりしています。

 

中学の顧問の対応から見えてきたもの

息子が入部したころ、

  • 試合時の部員の飲み物の準備(キーパーを持ち帰り自宅でお茶を作って持って来る)
  • 顧問の飲み物や食事の手配

などが保護者の係として割り当てられていて、さらに試合のときに使った場所を片付けたりするのもお母さんたちがたくさんサポートしている状態でした。

前年度のやり方がそのまま踏襲されていた状態だったのだろうと思いますが、中体連のあとに役員が代替わりしたころから顧問から少しずつ「子どもたちに」という言葉が出るようになりました。

 

親が荷物を運ぼうとしたり、使った場所の掃除のために掃除用具を探そうとしたりしていると先生から「お母さんいいですから、子どもたちにやらせますから」と制されるようになったんです。

 

息子たちが部活の最高学年となり私たちに保護者会の主な仕事が回ってきました。

打ち合わせなどを通して先生の考えをゆっくり伺う時間が少しずつ増えて、見えてきたもの。

それは、先生が部活の指導で意識されている大事なことでした。

 

 

「サッカーだけを指導する場ではない」

 

生活の基礎や人間関係、礼儀などスポーツの技術だけではない成長の場であるわけだから、お母さんたちがそれを奪うのは良くない、と話してくれました。

 

技術だけを伸ばすなら子どもはサッカーだけやればいいかもしれない。でも中学の部活動である以上、スポーツをやる上で付随するたくさんのことを学ぶ場であるはずだ、と。

 

先生の意向を受け、保護者会の活動内容をかなり見直していきました。

 

お茶当番を廃止し、保護者会からペットボトルを箱買いしてキャプテンに預ける。

子どもたちがそれを管理してなくなれば保護者会へ申告する…

 

など、子どもたちの自立を促していくための方向にシフトしていきました。

 

少し前までは食べ終わった弁当の容器を応援にきていた親に「ハイ」と手渡していた子どもたちが、方針を変えてからは自分たちで残飯も含めたゴミの分別をし、どう処分するかまで話し合い、わからなければ先生や保護者に聞きにくるという姿まで成長をしたのには本当に驚きました。

 

あぁ、手を出し過ぎていたんだなぁという反省とそれを見抜いて指導方針を徹底してくれた先生への感謝と。

親としても大切なことを学ばせてもらった中学の部活動になりました。

 

しかしながらこれは、とても珍しい事例のようではあります。

この話を聞いたママ友から「そんな顧問珍しいよ、うちは顧問が『お母さんたちがやってくれて当たり前』って顔でなんでもやってもらってるよ」と驚かれました。

 

中学でもそんな状況ですから、少年スポーツの世界ではいまも「親がやって当たり前」は根強く残っているのだろうなと思います。

 

なんのためのスポーツ指導なのか

中学の部活顧問の言葉は今も頭に残っています。

彼らはなんのためにサッカーをやっているのか、ただ強くなればそれでいいのか。

 

指導者という立場に立つ方の中で、また子を預ける保護者の中で、これを意識している方がどれくらいいらっしゃるだろう、と思ったりするのです。

 

「どこを目指して指導していくのか」

「どんな子どもたちに育って欲しいのか」

 

指導の結果たどり着けるところについて大人としてもっと深く、大切に考える必要があるのかもしれない、と思うのです。

 

今この地点だけを見れば、少しでも強くなるために、少しでも上手くなるために、と誰しも考えがちだし、親もそうなんだろうなぁと思うのです。

 

それそのものが間違っていると言い切れるほど私はものを知っているわけではないのだけれど、息子たちのサッカー部の変容を目の当たりにして「彼らにどこまで手を出してやるべきか」「どんな環境を用意してやるべきか」はよく考えねばならないのだなぁと思ったりもするのです。

 

子どもたちは大人が子どものためと思って与える以上のものを、その場からどんどん学んでいくと思うんですね。

 

お茶を親が当番制で用意することが子どもたちにどんな影響があるのか

「お当番はお母さんが」と促される環境の中で子どもたちが何を学び取るのか

保護者にお世話をしてもらいながら指導する監督に子どもたちは何を思うのか

 

未来に向けて生きている子どもたちに、どんな姿を見せていけばいいのか、学びの場をどんな風に形作ってあげるべきなのか…

 

あぁこれは学校現場や家庭の中でも大事な、大人として責任の重いこと。

我が身を振り返り、そして先生方はどう意識していらっしゃるのだろう…と考えたらちょっと胃が痛くなってきたので今日はこれくらいで。

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