スズコ、考える。

ぼちぼち働く4児のははです。

そこにある理由が見えるか、見えないか、という話


ごきげんよう皆様。

 

私のこれまでの育児の中でも最大級かつ迅速な対応が必要な事案に遭遇してしまって、詳細は書けないのだけど全力を傾けねばならない対応に奔走しているここ1〜2週間。

 

お話をいただいて本当に嬉しくて原稿を用意していた今週末の「なないろのハーフトーン」さんのオンライン座談会への登壇もこんな状況では、と辞退させていただいたのだけれど、こちらの身勝手な理由なのにとても心配してくれたあんずちゃんをはじめとしたなないろの運営の皆さんには本当に足を向けては寝られない気持ちです。

 

ヨレヨレになりながら対応を続ける日々の中で、私や子供のことを心配してくれるTwitterの盟友、「美味しいもの食べて元気出して!」と甘いものを届けてくれるリアルの友人、心配して家事を今まで以上に手伝ってくれるようになった夫や子供たち…

 

状況改善のために迅速に対応してくれた先生方、相談に乗ってくださっている病院の先生やスクールカウンセラーさんたち。

「助けて!」と声を上げた私たち親子のためにいろんな人たちが動いてくれていて、本当にありがたさを噛み締めているような、そんな毎日です。

 

ブログもしばらく書けないかなぁと思っていたのですが、今朝何気なく目にした作家岸田奈美さんのお母様のツイートから色々と考えたことを書いておきたくなったので筆を取りました。

 

左右に寄せてくれている車とその理由

 

目にしたのはこのツイートです。

添えられている画像には中央に岸田ひろ実さんの愛車が写っているので、この写真とツイートの内容から、岸田さんの車の運転席のドアを開けるために左右の車がそのスペースを取れるよう駐車しているのだな、ということがわかると思います。

 

些細な心遣いがとてもありがたいという岸田さんのツイートであったかい気持ちになって朝から少し気持ちが晴れたのですが、ふと思ったんですね。

「もし岸田さんの事情を知らなかったら、どう見えるだろう」

 

岸田さんが車椅子で運転席に乗り込む、という事情を知らないままこの画像を見たら

「駐車スペースの中央に車を停めてない、車庫入れが下手な方なのかな」

と見られるかもしれないよなぁ、と思ったりしたんですね。

そこにあるあったかい理由を知らなかったらただ運転に失敗したようにも見えたりするかもしれない。でも逆に、こんな停め方をしてるってことは何か理由があるのかもな、と思うことで見方が全然違うものになったりするかもしれない。

 

我が家のわんこ餌事案

似たようなことが我が家でもあったなぁ、と思い出しました。

 

我が家に昨年やってきた保護犬出身のわんこ、実はお皿からご飯を食べられないのです。

 

引き取りを決めてからの準備のなかで、一般的な犬用の水とカリカリが入れられる金属製の食器セットを買いました。

以前飼っていた同種のわんこも愛用していたものです。

 

ケージに入れて餌と水を入れておいてあげましたが、近づきません。

 

そこからはどうやったら食べてくれるか試行錯誤の連続です。

金属製の食器だと光の反射が怖いのかもしれないと思ってプラスチック製や陶器に変えてみたり、高さがよくないのだろうかと浅いものに変えてみたり、何度も何度も形状や大きさ、色や素材を変えてみましたが、やっぱりお皿からは食べません。

 

黒くて浅いお皿に乗せたら一度食べたのでやったー!と思っていたら次の食事ではやっぱり嫌がる。

 

スプーンですくって口元に運んであげたら怖々食べてくれていたので、毎食食べさせていた時期もありました。

 

水はプラスチック製の浅いお皿に入れたら飲んでくれるようになったのですが、同じお皿に餌を入れてもやはり嫌がります。

 

 

苦肉の策として紙を敷いた上に餌を乗せたらすんなり近づいてきたので「何だかわからないけどお皿がこわいのでは」という結論に至りました。

おやつや茹でたお肉などワンコが大好きで食いつきのいい食べ物でも何かに乗っていたら怖がって近づかないので、やはり何かしら嫌な理由が彼の中にあるんだろうなと思います。

 

結局ワンコが一番安心して食べてくれるのは床にカリカリを直起きしたときだとわかり、それからはご飯を床において食後に拭き掃除をする、というやり方に落ち着いています。

 

前置きが長くなりましたが、そんな我が家の愛犬の食事風景を見かけた実家の父が

「皿に入れてやるくらいすればいいのに、かわいそうに」

と言ったんですよね。

 

私たち家族にはここに至るまでの長い長い試行錯誤の日々があったので

「あんな大変だったのに、おじいちゃん何言ってんの!」

っていう気持ちでしたが、確かにその場面だけ見たらそう見えてもおかしくないよなぁ、と思ったりもしたのです。

父には事情を説明してなるほどと納得してもらいましたが、こうやって納得するまで説明しないと理解してもらえないこともあるんだよなぁ、と切なくなったりもしたものでした。

 

そこに理由があるかないか、見えるか見えないか

多分こういうこと、日常的にあちこちで起こってるよなぁ、と思ったりもするのです。

目で見えたものからだけつい判断してしまいがちで、そして相手に相手なりの事情があることに思いが至らないこと、あるよなぁって。

 

Twitterでは日々そんな話がグルグル展開されているし、私もつい「こうすればいいのに」って思ってしまう。

 

余裕がなくなると特に、違う見方をすることがなかなかできなくなる。

 

岸田さんの画像のような車の並びを見かけたときに

「駐車下手だなぁ」と思ってしまうか、

「なにか理由があるかもしれないし」と思えるか。

 

いや、本当にただ駐車が下手な人もいるかもしれないけど、本当に犬を可愛がってなくて床にペッって餌を置いてることもあるかもしれないけど(「SPY×FAMILY」のわんこがいた施設みたいに)でも、そう見えてしまうかもしれない場面にもその向こう側にはいろんなやむを得ない事情だったり、試行錯誤の末だったり、誰かの優しい心遣いだったり、切り取られた画像だけからはわからない物語があるのかもしれないし、それに思いを馳せられる自分でありたいなぁと思ったりしている、そんな朝です。

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