相変わらず適当な更新頻度で書いています。ご無沙汰しております。
今日はきしもとたかひろさんのこのコラムを読んでの感想文です。
全編を通して、読みながら我が子や学校の子どもたちや読み聞かせで出会う子達や、たくさんの子どもたちの顔が浮かんできて、そして読み終えたときはじわっとこぼれそうになる涙をこらえている自分がいました。
あいも変わらずやさしいきしもとさんの視点。
このコラムのイラストそのまんま、腰を下ろして子どもと同じ目線でいようとするからこそ見えているものなんだろうなぁと、書かれているものを読むたびに考えさせられる自分に出会います。
このコラムを読んでから、この夏の次男の送迎のことをつらつらと思い出したので久しぶりにブログに書いてみようかと思った次第です。
歩いて帰れない、次男さん
我が家の中学生は徒歩通学で、部活のない次男は基本的には下校時間とともに学校を出ることになっています。
コロナ休業が明けて登校が再開し、梅雨に入ろうかという頃から午後2時〜4時の間に私の携帯電話が鳴る日が続きました。
電話の主はきまって中3の次男の担任。内容もいつも同じ。
「次男くんがしんどいといって休んでいます。熱はありません。お迎えにきて欲しいといっていますので、来られますか」
私の返事もいつも同じ。
「はい、すぐ行きます」
保健室にいる日もあるし、私の車が入ったのを見て保健の先生や担任と一緒に出てくることもあるけれど、基本的には一人で歩けないほどフラフラしながら先生にカバンを持ってもらう次男。
車に乗せて連れ帰って、水分を取らせて少し休ませること30分ほどでいつもの元気を取り戻すのも毎日同じ。
コロナのこともあるんだろうな、担任の先生は毎日「その後どうですか?」と丁寧にお電話をくださる。
私の返事は毎日同じ、「はい、休んだら良くなりました。」
連日の、先の見えないお迎え要請
熱中症かなぁとも思いましたが、熱も出ないし休めばすぐ良くなる。
原因もよくわからないまま、電話は毎日続きます。
1週間を過ぎた頃から、一体これはいつまで続くんだろう、という気持ちが私の中に芽生えるようになってきました。
時間の自由がある程度きく仕事をしているとはいえ、毎日2時間くらいの時間を「どこで電話がかかるかわからず即時対応せねばならない」という案件のために備えねばならない。
打ち合わせもなるべくその時間にかからないように調整したり、という手間も出てきます。
歩いて帰れないとはいえ帰って休めばピンピンして「おやつない?」とか言ってくる次男にモヤモヤし、なんともいえない言葉にできないストレスがじわじわと積み重なって優しく対応できなくなり、またそんな自分に嫌気がさしてストレスの元になる。
よくないループに落ち始めているのを感じていました。
数日に1回くらい、電話のかからない日もありました。
なぜかはいまだによくわかりません。
そしてそこで期待して、また翌日電話がなってがっかりして迎えにいく。
たかだか迎えにいくだけのこの時間を負担に思う自分がダメなんじゃないかとか、いやこのくらいの距離を歩いて帰らないのは次男の甘えじゃないのかとか、悶々としつつも連絡があれば迎えにいく以外の選択肢がない日々が続きました。
「次男くん、座ってるだけでもものすごく頑張ってるからね」
お迎え要請が続くなか、かかりつけの児童精神科の診察日がやってきました。
いろんな相談をする中で、彼の毎日のお迎え要請のことも先生に伝えました。
フラフラする、頭痛がする、などの彼が訴える症状から熱中症とかなのかなぁと私が話すと、先生は「頑張りすぎじゃないかな」と。
他の子が当たり前にこなしているからあまり注視されにくいけれど、発達障害のある彼にとって「遅刻しないように学校に行って、1時間目から授業を聞き漏らさないようにじっと座って聴く」という行為はものすごく体に負担のかかる行為だと思う、と。
次男は授業をかなり集中して聴いているだろう、と学習支援の先生からも言われていました。宿題に割く時間が少なく自宅学習もほとんど出来ないのにある程度内容を理解できているらしく、授業で聞いたことをしっかり覚えられているからだろう、とのこと。
主治医にその話をすると、聴覚認知が弱く、外部からの刺激で気をそらしやすい彼にとって先生の話を聞き漏らさないようにすることには相当のエネルギーがいるんじゃないか、とのことでした。
「次男くん、そんな状況で休まず毎日通ってるのはすごいことよ」
「ものすごく体に負荷がかかっているということを意識して家では休ませてあげて」
と先生から指導を受け、連日の体調不良の訴えに何か別の病気があるのではと心配してくださっていた学校の先生方にもその旨をお伝えしました。
いつまで続くのかなぁと思っていたら
毎日毎日なっていた私の携帯電話。
夏休みの明けた頃からだんだんなる頻度は下がっていき、真夏の日差しが落ち着く頃にはなることはほとんどなくなりました。
いまだに、その原因はよくわかりません。
気温が下がってきたからなのか、コロナ明けでハイスピードの授業が落ち着きを見せてカリキュラムに余裕が出てきたからなのか、暑さが和らいで帰り道に彼がよく立ち話をする近所のじいさんばあさんがよく外に出るようになったからか…
いつの間にか次男は一人歩いて帰る日が増えていき、私も毎日の電話を待つ暮らしは気づけば終わっていました。
きしもとさんのコラムを読んで
連日のお迎え要請で私はすごく疲弊してしまったし、結局なんでお迎えが必要だったのかもよくわからないまま。
きしもとさんのコラムの中で
その人にしかその苦しみはわからない、という至極当たり前のことを忘れて、苦しむ人が弱いのだと、それを悪いことのようにしてしまう。
忍耐力が足りない?みんな我慢してる?その事実があったとしても、それでしんどさはなくならないのに。
って書かれてるのを読んで、あぁ、本当にそうだなぁ、って車の中でシオシオになってた次男の姿を思い出す。
けして優しさ溢れるお母さんではない私は多分、仕事を中断したり暑い中車を出したりしてイラッとしてたと思う。
車の中から見上げた校舎の中には彼と同じ年の子どもたちがぎゅうぎゅうに詰まっていて、みんな彼よりもっともっと頑張っているように見えてしまう。
なんで君は我慢できないの?なんで君はもっと耐えられないの?と心の何処かで思っていたような気がするし、きっとそれは次男に見える形で私から漏れ出ていたと思う。
お医者さんからの言葉もズシンと自分に重く響いて、彼の抱えているものを見落としていた自分が情けなくもなった。
連日のお迎えの中で、だんだんと迎えに行くことが当たり前になっていった。
少し休めばケロッとするのもわかっているし、彼なりに頑張っていることも見えてくる。
今だけのことだし、別に中学を卒業するまで毎日迎えに行くことも大したことじゃないような気もしてきた。(幼稚園なんか毎日そうだったわけだし)
お迎えに来てといったら迎えに行く、それだけじゃないか、と思うようになって来た。
心のどこかで、毎日迎えに行くことが次男にとって当たり前になりやしないか、と怯えている自分がいたのも見えてきた。本当にそうなっちゃったらどうしようかねえ、って思っていたら、電話はだんだん鳴らなくなっていって、私のその不安は杞憂に終わってしまった。
お迎えに来てもらってもいいじゃないか
連日迎えに行く私に、甘やかしだという身内がいた。
そんなんじゃ大人になって…とくどくどという言葉をハイハイとあしらいながら、ぼんやりと考えた。
大人の私が、毎日どこかに通って頑張っていて、で、歩いて帰るのがしんどい時に「お願い迎えに来て」って誰かに言えるとしたら、それは甘えじゃなくて、幸せなことじゃないかなぁって。
そしてふと思い出す、くどくど言ってるその張本人はコンビニに行くのに車を出しているじゃない、飲んだら迎えに来てって家族に言ってるじゃない、ふふふ、自分だって甘えているじゃない。
なんで大人になったら甘えてもいいのに、子どもはダメな気持ちになるんだろう。
次男みたいに「お迎えに来て」って言えて、「来てくれてありがとう」って言って、本当にしんどいときだけ甘えられたら、それ「甘やかし」じゃないねえ。
子どもの育ちを見守る立場である僕が、こんな風にサボることを肯定したら、それで不安になる人もいるかもしれない。
けれど、ぼくははっきりと言いたい。一個でも十分しんどいよ。みんながしんどくないことでも君がしんどいのならしんどいんだよ。休んでいいんだよ。手を抜いていいんだよ。
苦しみを我慢して厳しくされた分だけ辛抱強くはなるかもしれない。
けれど、その分相手にもその強さを求めてしまうのであれば、自分のしんどさに気づいて誰かに甘えられるほうが、その誰かもまた誰かに甘えていけるほうが、みんながしんどくないんじゃないかな。
連日のお迎え要請に私は辟易としてしまっていたけれど、あの時間は彼にとって「SOSを出せば大人が助けてくれる」を感じる機会になったのかもしれないなぁ、と思ったりもするのです。
おわりに
次男のお迎え要請はもうほとんどなくなったんだけど、仕事をしながらたまに4時くらいに「あ、今日も鳴らなかったね」って思うことがある。
今も2時を過ぎたけど鳴ってなくて、多分、今日も鳴らない。
でも、もし鳴ってもいいなぁって今は思う。
彼がSOSを出せるのはとても大事なことだし、それだけ頑張っているんだとわかっているし、帰り道に二人でちょっと話す時間も貴重なものだったりもする。
SOSを出すのが苦手だった次男と、SOSを受け取るのが苦手なお母さんだった私が、ちょっとだけ成長したような気がする、2020年の夏の思い出です。